
退職金の源泉徴収|退職所得の受給に関する申告書と税額の出し方
「退職金を今月払うんだけど、所得税っていくら引けばいいんだろう」。 長く勤めてくれた人を送り出す準備をしながら、給与ソフトに退職金の欄が見当たらず、手が止まったことはありませんか。退職金の支給は、会社によっては数年に一度しかありません。そのたびに、やり方を思い出すところから始めることになりますよね。しかも金額が大きいぶん、間違えたときのことを考えると、なかなか気が重い作業だと思います。
まずお伝えしたいのは、退職金の税額計算は「決まった順番どおりに数字を並べるだけ」で出せる、という点です。毎月の給与や賞与とはまったく別のルールですが、そのぶん型がはっきりしています。そして実務でいちばん大事なのは、計算そのものよりも「退職所得の受給に関する申告書」を、支給の前に本人からもらっておくことです。この記事では、その申告書の役割から税額の出し方、納付と源泉徴収票の交付まで、ひとつずつ一緒に整理していきます。
結論:退職金の所得税は、①勤続年数から退職所得控除額を出す → ②(退職金 − 退職所得控除額)を半分にする(課税退職所得金額。1,000円未満切り捨て)→ ③その金額に所得税の速算表をあてはめ、復興特別所得税(2.1%)を含めた税額を出す、の3ステップで求めます。住民税も同じ課税退職所得金額に10%(市町村民税6%+道府県民税4%)を掛けて、支給時に特別徴収します。そしてこの計算ができるのは、本人から「退職所得の受給に関する申告書」を受け取っている場合です。受け取っていないと、控除も半分にする計算も使えず、支給額に一律20.42%を掛けた金額を源泉徴収することになります。この申告書は税務署に出すものではなく、会社で保管する書類です。まずは、申告書を用意して本人に書いてもらうところから始めれば大丈夫です。
進めるときは、次の順番だと迷いにくくなります。
- 支給の前に「退職所得の受給に関する申告書」を本人からもらう
- 入社日と退職日から勤続年数を数え、退職所得控除額を出す
- (退職金 − 控除額)を半分にして、課税退職所得金額を出す
- 速算表で所得税、同じ金額に10%を掛けて住民税を出す
- 翌月10日までに納付し、支給後1か月以内に源泉徴収票を本人に渡す
何が起きているか:退職金は、給与とも賞与とも別の「分離課税」

毎月の給与や賞与は、その年の給与全体とまとめて年末調整で精算します。ところが退職金は、ほかの所得と合算せず、それだけで税額を計算して完結させるしくみになっています。これを分離課税といいます。
分離課税とは:ほかの収入と合算せずに、その所得だけで税額を計算するやり方のことです。退職金は分離課税なので、年末調整の対象にはなりません。給与の年末調整とは別ものとして、支給のときに税額を計算して差し引き、そこで完結します。
なぜ退職金だけ特別扱いなのかというと、退職金は長年の勤務に対してまとめて支払われるお金であり、多くの人にとって退職後の生活を支える大切な資金だからです。そこで、勤続年数に応じた大きな控除を差し引き、さらに残りを半分にすることで、税の負担がやわらぐように設計されています。
この設計のおかげで、中小企業の退職金では計算してみたら所得税が0円だったということも珍しくありません。「大きな金額だから税金も大変なはず」と身構えなくて大丈夫です。まずは落ち着いて、控除額から出していきましょう。
ステップ①:勤続年数を数えて、退職所得控除額を出す
最初にすることは、その人が何年勤めたかを数えることです。ここが、控除額を左右する入り口になります。
勤続年数は、入社日から退職日までの期間で数え、1年未満の端数は切り上げて1年とします。「22年3か月」なら23年、「10年1日」なら11年です。端数を切り捨てないところが、給与計算の感覚とは違うので気をつけたいポイントです。
- 長期の欠勤・休職・育児休業の期間も、原則として勤続年数に含めます(在籍していた期間として数えます)。
- 前職から引き継いだ期間を通算する取り決めがある場合など、迷いやすいケースもあります。そのときは、退職金規程がどう定めているかをまず確認しましょう。
勤続年数が決まったら、次の式で退職所得控除額を出します。
- 勤続20年以下:40万円 × 勤続年数(計算結果が80万円未満のときは80万円)
- 勤続20年超:800万円 + 70万円 ×(勤続年数 − 20年)
たとえば勤続11年なら「40万円 × 11年 = 440万円」、勤続23年なら「800万円 + 70万円 × 3年 = 1,010万円」です。20年を超えると1年あたりの控除が70万円に増えるため、長く勤めた人ほど控除は大きくなります。
なお、在職中の障害が原因で退職した場合は、この控除額に100万円が加算されます。該当しそうな方がいたら、そこだけ個別に確認すれば十分です。
ステップ②:残りを半分にして、課税退職所得金額を出す
控除額が出たら、退職金から差し引きます。
(退職金の額 − 退職所得控除額)× 1/2 = 課税退職所得金額(1,000円未満は切り捨て)
ここで、退職金が控除額以下なら、この時点で課税退職所得金額は0円です。所得税も住民税もかかりません。勤続年数の長い方の退職では、実際にこうなることがよくあります。
半分にする計算には、例外が二つあります。どちらも勤続5年以下の人の話なので、まずは「短く勤めた人が退職するときだけ気にする」と覚えておけば大丈夫です。
- 特定役員退職手当等:役員等としての勤続年数が5年以下の人に支払う退職金は、半分にする計算が使えません。
- 短期退職手当等:役員等以外で勤続年数が5年以下の人の場合、(退職金 − 控除額)が300万円を超える部分については、半分にする計算が使えません。300万円までの部分は、これまでどおり半分にできます。
もう一つ、頭の隅に置いておきたいのが重複期間の調整です。前に別の退職金を受け取っていた人や、確定拠出年金(iDeCo・企業型DC)の一時金をすでに受け取っている人は、控除額の計算に調整が入ることがあります。この部分は近年ルールの見直しがあった領域でもあるので、該当しそうな人がいたら、その人だけ最新の国税庁の案内で確認するのが安全です。ふだんの退職では出番のない話なので、全部を覚えておく必要はありません。
ステップ③:所得税と住民税を出す
課税退職所得金額が出たら、あとは税率を掛けるだけです。
所得税は、給与の年末調整でも使う所得税の速算表を、この課税退職所得金額にあてはめます。求めた税額に102.1%を掛けると、復興特別所得税を含めた源泉徴収税額になります(1円未満切り捨て)。
住民税も、同じ課税退職所得金額に10%(市町村民税6%+道府県民税4%)を掛けて求め、支給のときに特別徴収します(税額の100円未満は切り捨て)。住民税は通常、前年の所得に対して翌年に納めますが、退職金にかかる分だけは支給時にその場で徴収して納めるという特別な扱いになっています。
退職金の住民税は、その人が退職した年の1月1日に住んでいた市区町村へ納めます。引っ越したばかりの人がいるときは、住所の確認だけしておくと安心です。
計算例:勤続11年・退職金500万円のとき
言葉だけだとイメージしにくいので、数字で追ってみましょう。次の前提とします。
- 勤続年数:10年2か月 → 11年(1年未満は切り上げ)
- 退職金:500万円
- 役員ではなく、「退職所得の受給に関する申告書」を支給前に受け取っている
手順に沿って進めます。
- 退職所得控除額:勤続20年以下なので、40万円 × 11年 = 440万円
- 課税退職所得金額:(500万円 − 440万円)× 1/2 = 30万円
- 所得税:30万円は速算表の税率5%の範囲なので、300,000円 × 5% = 15,000円。これに復興特別所得税を含めて、15,000円 × 102.1% = 15,315円
- 住民税:300,000円 × 10% = 30,000円(市町村民税18,000円+道府県民税12,000円)
差し引く税金は合わせて45,315円、本人の手取りは4,954,685円になります。500万円という金額の大きさに比べると、税額はかなり抑えられていることがわかります。控除と「半分にする」しくみが効いているためです。
ここで使った税率5%は、課税退職所得金額が30万円の場合のものです。金額が変われば税率も変わりますので、実際の計算ではその年の速算表で確認してください。
「退職所得の受給に関する申告書」は、支給の前にもらう
この記事でいちばんお伝えしたいのが、ここです。
これまで見てきた退職所得控除も、半分にする計算も、「退職所得の受給に関する申告書」を本人から受け取っていて初めて使えます。この申告書がないまま支給すると、退職金の支給額に一律20.42%を掛けた金額を源泉徴収することになります。
先ほどの例(退職金500万円)で比べてみます。
- 申告書あり:源泉徴収する所得税は 15,315円
- 申告書なし:500万円 × 20.42% = 1,021,000円
同じ退職金でも、手元に残る金額がずいぶん変わります。ただ、申告書がないまま多く源泉徴収された場合でも、本人が確定申告をすれば精算されて戻ってきます。取り返しがつかない話ではありません。とはいえ、退職して環境が変わったばかりの人に確定申告の手間をお願いすることになりますし、なにより「聞いていなかった」という行き違いのもとになります。支給の前に一枚もらっておく、それだけで防げます。
実務で押さえておきたいのは、次の3点です。
- 提出先は税務署ではなく、会社です。会社が受け取って保管します(税務署長から提出を求められたときに提出します)。保存期間は原則7年間です。
- もらうタイミングは、退職金を支給するときまでです。退職手続きの書類一式に最初から綴じ込んでおくと、もらい忘れが起きにくくなります。
- 用紙は国税庁のサイトから印刷できます。市区町村への住民税の申告書と同じ用紙になっているので、1枚で足ります。
「退職所得の受給に関する申告書」は、名前のわりに書く欄が少なく、本人の負担は大きくありません。むずかしいのは、忙しい退職手続きの中で渡し忘れないことのほうです。だからこそ、書類のセットに最初から入れてしまうのがいちばん確実です。
支給したあと:納付と源泉徴収票の交付
計算して差し引いたら、最後に納める・渡すところまでが一続きの作業です。
- 所得税の納付:原則として、支給した月の翌月10日までに納付します(納期の特例の承認を受けている事業所は、退職手当等も特例の対象として半年ごとに納付します)。
- 住民税の納入:特別徴収した分を、原則として支給した月の翌月10日までに、退職した年の1月1日現在の住所地の市区町村へ納入します。納入書の「退職所得分」の欄を使います。
- 源泉徴収票の交付:「退職所得の源泉徴収票・特別徴収票」を、支給後1か月以内に本人へ交付します。受け取る人が法人の役員の場合は、税務署と市区町村への提出も必要です(役員以外の従業員は、本人への交付のみで足ります)。
- 年末調整との関係:退職金は分離課税なので、年末調整には含めません。給与分の源泉徴収票とは別に、退職所得の源泉徴収票を作ることになります。
「退職金だけ計算して終わり」にすると、翌月10日の納付や源泉徴収票の交付がすっぽり抜けやすいところです。支給日を決めた時点で、この3つの予定もカレンダーに書いておくと安心です。
明日やること(まずはここだけ)
一度に全部そろえなくて大丈夫です。今日できる小さな一歩から始めましょう。
- 「退職所得の受給に関する申告書」の用紙を印刷して、退職手続きの書類セットに入れておく:次の退職者が出たときに、探すところから始めずに済みます。
- 予定している退職者の入社日と退職日をメモし、勤続年数を数えてみる:1年未満は切り上げ。控除額の見当がつけば、心の準備ができます。
- 支給日が決まったら、翌月10日の納付と1か月以内の源泉徴収票交付をカレンダーに入れる:計算のあとの作業を、先に押さえておきます。
この3つがそろえば、支給直前に慌てずに済みます。
チェックリスト(コピーして使えます)
退職金の源泉徴収を落ち着いて進めるための確認項目です。
- 支給の前に「退職所得の受給に関する申告書」を本人から受け取った
- その申告書は税務署に送らず、会社で保管している(原則7年間)
- 勤続年数は入社日から退職日までで数え、1年未満は切り上げた
- 退職所得控除額の式(20年以下は40万円×年数/20年超は800万円+70万円×超過年数)を使った
- (退職金 − 控除額)を半分にして、1,000円未満を切り捨てた
- 勤続5年以下の人(役員等・それ以外)の例外に当てはまらないか確認した
- 所得税は速算表の税額に102.1%を掛けた(復興特別所得税を含めた)
- 住民税10%(市町村民税6%+道府県民税4%)も支給時に特別徴収した
- 住民税は退職した年の1月1日現在の住所地の市区町村へ納入する
- 支給した月の翌月10日までの納付を予定に入れた
- 支給後1か月以内に、退職所得の源泉徴収票を本人へ交付する
- 退職金は年末調整には含めない(分離課税)ことを確認した
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退職金の源泉徴収は、何年かに一度しか出番のない手続きです。だから、毎回思い出すところから始まるのは当たり前ですし、それはあなたの覚えが悪いからではありません。 今日、「控除を引く → 半分にする → 税率を掛ける」という三段階と、「申告書は支給の前にもらう」という一点が整理できたなら、もう大きな山は越えています。今回そろえた用紙や計算メモが、次にこの作業をする自分を助けてくれます。長く働いてくれた人を、最後まできちんと送り出そうとしてこのページを開いた——その時点で、あなたはもう十分ていねいに仕事をしています。一つずつ、落ち着いて進めていきましょう。
本記事は一般的な実務情報です。退職所得の課税方法・控除額・税率や特例の取扱いは、個別の事情や税制改正によって変わります。退職所得の受給に関する申告書の様式や計算の詳細は国税庁の公式情報(タックスアンサー・源泉徴収のあらまし等)で、住民税の取扱いは各市区町村の案内でご確認のうえ、最終的な判断は税理士・社会保険労務士・所轄の税務署など最新の公式情報でご確認ください。