
現物給与(社宅・食事)の課税の考え方|税と社会保険のずれを整理
「社宅の家賃、本人から半分もらってるから、給与には関係ないよね……」。 社長がそう言うので、そのまま処理してきた。でも年末調整の時期になって、ふと不安になる。社員食堂の弁当代も、会社が半分出している。現金は1円も動いていないのに、これって給与になるんだろうか。しかも税と社会保険で扱いが違うらしい――そう聞いたところで、手が止まってしまう。ひとりで調べていると、どこまでが「大丈夫」なのかの線が見えなくて、心細くなりますよね。
まずお伝えしたいのは、現物給与でつまずくのは、判定のものさしが2本あることを知らないまま1本で測ろうとするからだということです。所得税のものさしと、社会保険のものさし。この2本を最初に分けてしまえば、社宅も食事も、そんなに複雑な話ではありません。 この記事では、現物給与の考え方を、ひとり労務の目線で一つずつ整理していきます。
結論:現金以外のかたちで従業員に渡す経済的な利益(社宅・食事・制服以外の物品など)は「現物給与」と呼ばれ、原則として給与としてあつかう。ただし所得税には、一定の条件を満たせば課税しないという扱いがある。①社宅は、会社が計算した「賃貸料相当額」の50%以上を本人から受け取っていれば、従業員については給与課税されない(役員は別のルール)。②食事は、本人が食事の価額の半分以上を負担し、かつ会社の負担が月3,500円以下(消費税抜き)であれば給与課税されない。この2つの線を超えると、超えた分ではなく会社負担分そのものが給与になる場面がある点に注意。そして社会保険では、まったく別のものさしを使う。都道府県ごとに定められた「現物給与価額」で金額を出し、標準報酬月額に含めていく。所得税で非課税でも、社会保険では報酬に入る――このずれが、いちばん混乱しやすいところ。
見るときは、次の順番だと迷いにくくなります。
- 「現金以外で渡しているもの」を洗い出す(社宅・食事・寮・食事手当など)
- 所得税のものさしで、給与課税になるか/ならないかを判定する
- 社会保険のものさしで、報酬に入れる金額を出す(税とは別に計算する)
何が起きているか:ひとつの現物に、線が2本引かれている
現物給与がわかりにくいのは、同じ「社宅」「食事」に対して、所得税と社会保険がそれぞれ別の基準で線を引いているからです。制度の目的が違うので、線の位置も揃っていません。ここを分けて見るとスッキリします。
- 所得税…実費に近い負担や、福利厚生としての小さな利益は課税しない、という考え方。条件を満たせば課税されない。
- 社会保険料(健康保険・厚生年金)…受け取った報酬の全体で保険料と将来の給付を決めるので、現物で受け取った利益も「報酬」に含める。金額は都道府県ごとの決められた価額を使う。
- 労働保険(雇用保険・労災)…現物給与のうち、労働協約などで支給することが定められているものは、賃金総額に含める。
現物給与とは:給与を現金ではなく、モノやサービスのかたちで渡すこと。社宅を相場より安く貸す、食事を無料や半額で出す、といったものが代表です。「会社が負担してあげた分だけ、本人は得をしている」と考えるため、原則は給与としてあつかいます。
ここで大切なのは、「所得税で課税されない=社会保険でも関係ない」ではないということ。たとえば食事の提供は、所得税では条件を満たせば課税なしですが、社会保険では別の基準で判定し、報酬に入ることがあります。逆に、社会保険の判定をクリアしても所得税では課税、という組み合わせも起こります。だから「2本のものさしで、それぞれ測る」と決めてしまうのがいちばん早いのです。
具体例:社宅と食事を、それぞれ通してみる

【①社宅・借り上げ住宅(所得税)】
会社が用意した住宅を貸すときは、まず「賃貸料相当額」を計算します。実際に会社が大家さんに払っている家賃ではなく、税法で決められた次の3つの合計です。
- その年度の建物の固定資産税の課税標準額 × 0.2%
- 12円 × その建物の総床面積(㎡)÷ 3.3(㎡)
- その年度の敷地の固定資産税の課税標準額 × 0.22%
借り上げ社宅でも同じで、家主さんに固定資産税の課税標準額を確認するか、市区町村で固定資産課税台帳を閲覧して調べます。この一手間が面倒に感じますが、ここさえ出せば、あとは引き算です。
- 例:賃貸料相当額が月12,000円。本人から6,000円を給与天引きで徴収 → 50%以上なので給与課税なし。
- 例:同じ社宅で、本人から3,000円しか徴収していない → 50%未満なので、賃貸料相当額との差額9,000円が給与として課税対象に。
- 例:無償で貸している → 賃貸料相当額12,000円がまるごと給与になります。
なお、役員に貸す場合はルールが変わります。小規模な住宅(法定耐用年数30年以下の建物なら床面積132㎡以下、30年超なら99㎡以下)は上と同じ式で計算した額を全額受け取る必要があり、小規模でない場合や、いわゆる豪華社宅はさらに別の計算になります。役員社宅を検討するときは、早めに顧問税理士さんに確認しておくと安心です。
【②食事の支給(所得税)】
食事は、次の2つを両方とも満たしたときだけ課税されません。片方だけではだめ、というのがつまずきポイントです。
- 本人が食事の価額の半分以上を負担していること
- 会社の負担額が1か月あたり3,500円以下(消費税抜き)であること
- 例:1食300円の社員食堂を月20回利用(価額6,000円)。本人負担3,000円、会社負担3,000円 → 半額以上を負担していて、会社負担も3,500円以下なので課税なし。
- 例:1食500円の仕出し弁当を月20回(価額10,000円)。本人負担5,000円、会社負担5,000円 → 半額は負担しているが、会社負担が3,500円を超える → 会社負担の5,000円全額が給与課税に。超過分の1,500円だけではありません。
- 例:価額6,000円で本人負担が2,000円(会社負担4,000円)→ 半分(3,000円)を負担していないので、会社負担4,000円が給与課税。
ただし、残業や宿日直のときに出す食事は、現物で支給するかぎり課税されません。忙しい日の夜食まで気にしなくて大丈夫です。
【③現金で渡すと、扱いが変わる】
ここは見落とされやすいところです。同じ「食事の補助」「住まいの補助」でも、現金で渡すと原則そのまま全額が給与課税になります。
- 食事手当・昼食代として現金で支給 → 原則、全額が課税対象(深夜勤務者への夜食代など、ごく限られた例外を除く)。
- 住宅手当として現金で支給、または従業員本人が契約している部屋の家賃を会社が払う → 全額が課税対象。
「社宅(会社が契約して貸す)」と「住宅手当(現金を渡す)」は、似ているようで税務上はまったく別物、と覚えておくと迷いません。
社会保険では、こう計算する
社会保険は、厚生労働大臣が定める「現物給与価額」という一覧を使います。都道府県ごとに金額が決まっていて、毎年4月に改定されるため、その年度の最新版を確認してください(使うのは、原則としてその人が勤務する事業所の所在地の都道府県の価額です)。
- 住宅…「1畳あたり月額いくら」という価額に、居住用の部屋の畳数をかけて計算します。玄関・台所・トイレ・浴室・廊下などは畳数に入れません(1畳=1.65㎡で換算)。本人から家賃を徴収している場合は、その分を差し引いた残りが報酬になります。
- 食事…1人1か月あたりの価額(朝・昼・夕の区分あり)が決まっています。本人負担がその価額の3分の2以上であれば報酬に含めず、3分の2に満たない場合は、価額から本人負担を引いた差額を報酬に入れます。
つまり食事の場合、所得税は「半分以上+月3,500円以下」、社会保険は「現物給与価額の3分の2以上」と、線の引き方そのものが違います。同じ社員食堂でも、税では課税なし・社保では報酬に少し入る、ということが起こります。
この現物給与の金額は、資格取得届・算定基礎届・月額変更届・賞与支払届のいずれでも、報酬(賞与)の欄に含めて届け出ます。届出書に現物給与の記入欄が分かれているのは、このためです。
影響:気づかないまま、毎月ぶん積み上がる
- 社宅の徴収額が賃貸料相当額の50%を割っていた → 差額が毎月の給与課税もれになり、年末調整や税務調査で後からまとめて指摘されやすい
- 食事の会社負担が月3,500円をわずかに超えていた → 超過分ではなく会社負担の全額が課税対象。人数が多いほど金額が膨らむ
- 現物給与を算定基礎届に入れ忘れた → 標準報酬月額が実態より低くなり、保険料も、将来の年金額や傷病手当金などの給付額にも影響する
- 現物給与価額の年度改定を反映し忘れた → 前年度の金額のまま計算し、報酬額がずれる
- 住宅手当(現金)を社宅と同じ扱いにしてしまった → 本来は全額課税なのに、非課税として処理してしまう
どれも、「うちは現物で何を渡しているか」を1枚の紙にまとめて、税と社会保険それぞれの判定結果を書き添えておけば防げます。一度作れば、あとは毎年4月の価額改定と、契約変更のときに見直すだけです。
明日やること(まずはここだけ)
無理なく進めるために、明日はこの3つだけ。
- 現金以外で渡しているものを書き出す(社宅・寮・社員食堂・仕出し弁当・寮の食事など)。まずは一覧にするだけで十分です
- 社宅がある人は、賃貸料相当額の計算に必要な固定資産税の課税標準額が手元にあるかを確認する。なければ、家主さんへの問い合わせか役所の閲覧を「来週やること」にメモしておく
- 食事を出している場合は、直近1か月の会社負担額を出して、3,500円(税抜き)と本人負担の割合を見比べる
余力があれば、その3つの結果を、そのまま自社用の「現物給与メモ」として残しておきましょう。来年のあなたが、いちばん助かります。
チェックリスト(コピーして使えます)
現物給与の判定で、抜け漏れを防ぐための確認項目です。
- 現金以外で従業員に渡しているもの(社宅・寮・食事など)を一覧にしているか
- 社宅について、実際の支払家賃ではなく「賃貸料相当額」を計算しているか
- 賃貸料相当額の50%以上を本人から徴収しているか(従業員の場合)
- 役員社宅がある場合、小規模住宅かどうかを確認し、別ルールで計算しているか
- 食事について、本人負担が価額の半分以上になっているか
- 食事の会社負担が、1か月3,500円以下(消費税抜き)におさまっているか
- 現金で渡している食事手当・住宅手当を、課税対象として処理しているか
- 社会保険は、その年度の「現物給与価額」(都道府県別)で計算しているか
- 現物給与を、算定基礎届・月額変更届・賞与支払届の報酬額に含めているか
- 労働保険の年度更新で、賃金総額に含めるべき現物給与を確認したか
- 毎年4月の現物給与価額の改定を、給与計算に反映する段取りがあるか
— 繁忙月でも回る「最低ライン版(優先順)」 — 1) 社宅の徴収額が賃貸料相当額の50%を割っていないかだけ確認 2) 食事の会社負担が月3,500円を超えていないかを確認 3) 現金支給の手当を課税対象に入れているかを目視 4) 算定基礎届・月額変更届に現物給与を含めたかを確認 5) 現物給与価額の年度改定チェックは翌月に持ち越し可
— できない時の代替 —
- 固定資産税の課税標準額がすぐ取れない:判定を保留にせず、まず「未確認」とメモに残し、確認後に遡って調整する段取りだけ決めておく
- 食事の実績集計が間に合わない:提供回数の多い1か月をサンプルで計算し、傾向をつかんでから全体に広げる
よければ、こちらも
現物給与は標準報酬月額に含める場面が多いので、その決まり方(標準報酬月額の決まり方を実務目線でやさしく整理)とあわせて読むと、届出のときに迷いにくくなります。実際に金額を書き込む算定基礎届の手順は別記事(算定基礎届(定時決定)の書き方と提出スケジュール)に、通勤手当のように「所得税と社会保険でずれる」もうひとつの代表例は通勤手当の非課税限度額と計算のしかたにまとめています。毎月の給与計算そのものの流れを見直したいときは、給与計算の基本の流れもどうぞ。 人事・労務の実務のヒントは、メールでも受け取れます。よければ登録して、毎月の給与計算の段取りづくりに役立ててください。

現物給与は、税の本にも社会保険の本にも少しずつ書かれていて、全体像がつかみにくい分野です。だから、今まで気づかないまま処理していたとしても、それはあなたの確認不足ではありません。 今日、「ものさしは2本ある」「社宅は50%、食事は半分+3,500円」「社会保険は都道府県の価額を見る」という3つの見どころが整理できたなら、それだけでもう十分に前へ進んでいます。全部を一度に直さなくて大丈夫です。まずは一覧をつくるところから、ゆっくり始めましょう。
本記事は一般的な実務情報です。現物給与の評価や課税の取扱いは、住宅の種類・契約形態・役員か従業員かなど個別の事情や、法改正・価額の年度改定によって変わります。最終的な判断は、社会保険労務士・税理士、所轄の税務署/年金事務所など最新の公式情報でご確認ください。