
月平均所定労働時間の出し方|残業代の単価の分母をやさしく整理
「この163.33って、どこから出てきた数字ですか」。
給与計算のマニュアルに書かれた分母を、そう聞かれて答えに詰まったことはないでしょうか。前任者から引き継いだExcelにずっと入っている数字。毎月それで残業代を計算しているけれど、根拠を説明したことは一度もない——ひとり労務では、めずらしくない話だと思います。
先にお伝えしておくと、この数字は難しい計算からは出てきません。自社のカレンダーに、休みが何日あるか。それだけで決まります。
ただ、ここがズレていると、毎月・全員分の残業代が少しずつズレ続けます。逆に言えば、一度正しく出しておけば、あとは1年間そのまま使えます。この記事では、その1回ぶんの計算を、実際の数字を追いかけながら一緒にやってみます。
結論:残業代の1時間あたりの単価は、月給(割増賃金の基礎となる賃金)÷ 月平均所定労働時間で出します。この分母は「年間所定労働時間 ÷ 12」、つまり「(365日 − 年間休日日数)× 1日の所定労働時間 ÷ 12」で計算します。月ごとの実際の所定労働時間ではなく、1年をならした平均を使う——これは労働基準法施行規則第19条が定めているやり方です。ですから、他社の数字や前任者の数字をそのまま使うのではなく、自社の年間休日カレンダーから出すのが正解になります。端数は、切り上げると単価が下がって従業員に不利になるので、小数点以下は切り捨てておくと安全です。
順番はこの3ステップだけです。
- 自社の年間休日日数を数える(来年度のカレンダーができていれば、そこから)
- (365 − 年間休日日数)× 1日の所定労働時間 = 年間所定労働時間
- それを12で割る = 月平均所定労働時間(=単価の分母)
何が起きているか:分母だけ、他の計算とルールが違う
給与計算には「◯◯で割る」場面がいくつも出てきます。そして、そのたびに割る数(分母)が変わります。ここが、混乱のいちばんの原因です。
| 計算するもの | 分母に使うもの |
|---|---|
| 残業代の1時間あたりの単価 | 月平均所定労働時間(年間所定労働時間 ÷ 12) |
| 欠勤控除・遅刻早退控除 | 月平均所定労働日数、または当月の所定労働日数(賃金規程の定めによる) |
| 平均賃金(休業手当など) | 直前3か月の暦日数(土日も含めた総日数) |
同じ月給を使うのに、割る数が3種類ある。しかも名前が似ている。だから「去年もこの数字だったから」と、確認しないまま使い続けてしまう。責められる話ではまったくなく、忙しい現場ではむしろ自然なことだと思います。
そのうえで、残業代の分母だけは少し性格が違います。ほかの2つが自社の規程やその月の実績で決まるのに対し、残業代の分母は法令がやり方を指定しているからです。
労働基準法施行規則第19条には、月によって定められた賃金については「その金額を月における所定労働時間数(月によって所定労働時間数が異なる場合には、1年間における1月平均所定労働時間数)で除した金額」と書かれています。少し硬い言い回しですが、実務では次のように読めば十分です。
- 月ごとに所定労働時間が変わらない会社 → その月の所定労働時間で割る
- 月ごとに所定労働時間が変わる会社 → 1年をならした平均で割る
そして、完全週休2日制の会社なら、2月は所定労働日数が少なく、8月は多い、というように月ごとに必ず変わります。だから、ほとんどの会社は下の「月平均」を使うことになります。「うちは変形労働時間制じゃないから関係ない」ということではありません。
もうひとつ、感覚と逆になりやすいポイントがあります。分母が大きいほど、単価は下がるということです。
- 分母を大きく取りすぎる → 単価が安くなる → 残業代が不足する
- 分母を小さく取りすぎる → 単価が高くなる → 払いすぎになる
不足のほうは、あとから未払い賃金として請求される可能性があります。どちらにしても、一度きちんと出しておくのがいちばん楽です。
具体例:自社のカレンダーから、実際に出してみる

ここからは数字で追いかけます。次の会社を例にします。
- 年間休日:120日(完全週休2日+祝日+年末年始)
- 1日の所定労働時間:8時間(9:00〜18:00、休憩1時間)
ステップ1:年間所定労働日数を出す
365日 − 120日 = 245日
うるう年(次は2028年)は366日で計算します。この1日の差で分母が動くので、年度の切り替えのときに思い出せると安心です。
ステップ2:年間所定労働時間を出す
245日 × 8時間 = 1,960時間
ここで一度、上限におさまっているかを確かめておくと安心です。法定労働時間は週40時間なので、1年あたりの上限はおよそ 2,085.7時間(40時間 × 365日 ÷ 7日)です。1,960時間なので、余裕をもっておさまっています。
もし自社の年間所定労働時間がこの2,085.7時間を超えていたら、所定労働時間そのものが法定労働時間をはみ出している可能性があります。その場合は、単価の計算より先に、休日日数か1日の所定労働時間の見直しが必要です(法定休日と所定休日の違いの記事もあわせてどうぞ)。1日8時間の会社なら、年間休日105日あたりがちょうど境目の目安になります。
ステップ3:12で割る
1,960時間 ÷ 12か月 = 163.333…時間 → 163.33時間
これが、この会社の月平均所定労働時間です。マニュアルにあった「163.33」の正体は、これでした。
小数点以下は、切り捨てておきます。切り上げると分母が大きくなり、単価がわずかに下がって従業員に不利になるためです。何桁まで残すか(小数第2位までが一般的です)は、賃金規程に書いておくと、担当が代わっても揺れません。
ステップ4:単価を出す
割増賃金の基礎となる月給が280,000円だとすると、
280,000円 ÷ 163.33時間 = 1,714.32…円 → 1,715円
円未満の端数は、切り上げます(分母のときと逆なので、ここは意識して分けてください)。行政の取扱いでは「50銭未満切り捨て・50銭以上切り上げ」も認められていますが、切り上げに統一しておくほうが、計算も説明もシンプルです。
あとは、この1,715円に割増率をかけるだけです。
- 時間外(25%増):1,715円 × 1.25 = 2,143.75円 → 2,144円
- 時間外+深夜(50%増):1,715円 × 1.5 = 2,573円(2,572.5円を切り上げ)
率の組み合わせは残業代の割増率の記事に早見表があります。
年間休日ごとの早見表(1日8時間の場合)
自社がどのあたりかを見るときに使ってください。
| 年間休日 | 年間所定労働日数 | 年間所定労働時間 | 月平均所定労働時間 |
|---|---|---|---|
| 105日 | 260日 | 2,080時間 | 173.33時間 |
| 110日 | 255日 | 2,040時間 | 170.00時間 |
| 115日 | 250日 | 2,000時間 | 166.66時間 |
| 120日 | 245日 | 1,960時間 | 163.33時間 |
| 125日 | 240日 | 1,920時間 | 160.00時間 |
1日の所定労働時間が8時間でない会社は、日数のところだけ入れ替えます。たとえば1日7.5時間・年間休日120日なら、245日 × 7.5時間 = 1,837.5時間 ÷ 12 = 153.12時間(切り捨て)です。
雇用区分ごとに分母が違うことがあります
同じ会社でも、次のような場合は区分ごとに計算します。ひとつの数字で全員をまかなえないケースです。
- 部署によって所定労働時間が違う(本社8時間・工場7時間45分など)
- パート・短時間勤務の人(そもそも時給制なら、時給がそのまま単価になります)
- 1年単位の変形労働時間制を採っている部門(年間所定労働時間から同じように12で割ります/1年単位の変形労働時間制の記事)
区分が2つ3つあっても、やることは同じです。カレンダーの数だけ、この計算を繰り返すだけになります。
影響:ひとつの数字が、毎月・全員にかかります
分母は、給与計算のなかでもいちばん「掛け算される」数字です。1人1時間ぶんのズレは小さくても、それが全員×毎月×12か月で積み上がります。
たとえば、年間休日120日の会社(正しくは163.33時間)が、どこかで見かけた「173.33時間」をそのまま使っていたとします。
| 正しい分母 163.33 | 誤った分母 173.33 | |
|---|---|---|
| 1時間あたりの単価 | 1,715円 | 1,616円 |
| 時間外(25%増)の単価 | 2,144円 | 2,020円 |
| 月20時間の残業代 | 42,880円 | 40,400円 |
差は1か月で 2,480円。1年で29,760円、10人分なら約29万8千円になります。金額そのものより大変なのは、気づいたときにさかのぼって全員分を計算し直す作業のほうかもしれません。
ほかにも、この分母は次のところに顔を出します。ひとつ直せば、まとめて整います。
- 固定残業代の設計:「月30時間分の固定残業代」を計算するときの土台がこの単価です(固定残業代の落とし穴の記事)
- 最低賃金のチェック:月給を時給に換算するときにも、この分母を使います。改定期にはここで確認します
- 求人票の時給換算の表示:募集条件と実際の給与計算がズレていないか
- 年俸制の人の残業代:年俸制でも時間外労働の割増賃金は必要で、単価はやはりこの分母で出します
なお、分子の「割増賃金の基礎となる賃金」に何を入れるかは、また別の論点です。除外できる手当は法令で限定されているので、割増賃金の基礎から除外できる手当の記事であわせて確認してみてください。
明日やること(まずはここだけ)
全部を一度に整える必要はありません。手を動かせるところから、ひとつずつで大丈夫です。
- いま使っている分母の数字を、Excelや給与ソフトから探して書き出す。まずは「いくつを使っているか」を知るところからで十分です。
- 今年度の年間休日日数を数える。休日カレンダーがあれば、印のついた日を数えるだけです。
- (365 − 年間休日)× 1日の所定労働時間 ÷ 12 を電卓でたたく。1分で終わります。
- 1と3の数字を見比べる。同じなら、根拠が説明できる状態になりました。それだけでも大きな前進です。違っていたら、いつから違っていたのかを確認します。
- 賃金規程に「月平均所定労働時間数は◯◯時間とする」と書いてあるか見る。書いていなければ、次の改定のときに足す候補としてメモしておきます。
- 来年度のカレンダーができたら再計算する、と自分の年間予定に入れておく。うるう年や祝日の増減で数字は動きます。
チェックリスト(現場用:最低ライン→優先→代替→免除)
- 最低ライン(ここだけは必ず)
- 分母を「年間所定労働時間 ÷ 12」で出している(当月の所定労働時間や、他社の数字を流用していない)
- 年間所定労働日数を「365日 −(自社の)年間休日日数」で数えた
- 分母の端数は切り捨て、単価の円未満は切り上げにしている
- その分母で出した単価が、地域の最低賃金を下回っていない
- 優先して確認(ミスの出やすいところ)
- 年間所定労働時間が、週40時間換算の上限(およそ2,085.7時間)におさまっている
- 所定労働時間の異なる雇用区分・部署ごとに、それぞれの分母を出している
- 賃金規程に月平均所定労働時間数の定めがあり、実際の運用と一致している
- 固定残業代の金額が、いまの単価で計算し直しても足りている
- うるう年・祝日の増減・休日カレンダーの変更を、年度の切り替えで反映している
- 欠勤控除の分母(所定労働日数)と混ざっていない(欠勤・遅刻早退控除の記事)
- できないときの代替(暫定運用)
- 来年度のカレンダーがまだ確定していない → 今年度の数字をそのまま使い、確定した時点で再計算する(前年より休日が増えるときは、単価が上がる方向なので慌てなくて大丈夫です)
- 給与ソフトの分母を自分で変更できない → 変更を依頼するまでのあいだ、正しい分母で出した単価を手計算で控えておき、差額が出ていないかだけ確認する
- 過去のズレが見つかった → 一人で判断せず、いつから・誰に・いくらのズレかを一覧にしてから、社長と社会保険労務士に相談する
- 免除・簡略化の目安
- 時給制の人 → 時給がそのまま単価。この計算は不要です
- 日給制の人 → 日給 ÷ その日の所定労働時間。年間の平均は使いません
- 月ごとの所定労働時間が完全に一定の会社(そういう会社はほとんどありませんが) → その月の所定労働時間で割って構いません

引き継いだ数字をそのまま使うことは、手抜きではありません。目の前の締め日に間に合わせることのほうが、いつだって優先されるからです。それでも今日、その数字の出どころを確かめようと思えたなら、それはもう十分に丁寧な仕事だと思います。
やったことは、休みの日を数えて、掛けて、12で割った。ただそれだけです。でもこの数字は、これから毎月・全員の給与にかかっていきます。「この163.33は、うちのカレンダーから出しました」——次に聞かれたとき、そう答えられる自分になっています。
一度出してしまえば、来年はカレンダーを見て数え直すだけです。ひとつずつで大丈夫です。
本記事は一般的な実務情報です。労務・社会保険の取扱いは、個別の事情や法改正によって変わります。最終的な判断は、社会保険労務士・所轄の労働基準監督署など最新の公式情報でご確認ください。
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