
二以上事業所勤務届の書き方|副業・役員兼務で社会保険が重なったら
「うちのほかに、もう一社でも役員をしていまして」。 入社面談や年度の途中で、そんな話がふっと出てくることがあります。あるいは副業をしている社員から「向こうでも社会保険に入ることになりました」と言われる。そのとき、手元の資格取得届を見ながら「これ、普通に出していいんだっけ」と一瞬止まりませんか。2つの会社で同時に社会保険に入る——数としては多くないぶん、いざ出くわすと前例が社内になくて、調べ直すところから始まりますよね。
先にお伝えしたいのは、この手続きはやることの数はそう多くないということです。迷いが生まれるのは、手順が複雑だからではなく、「誰が出すのか」と「保険料をどう計算するのか」の2点がふだんの届出と違うからです。ここさえ押さえてしまえば、あとはいつもの流れに戻れます。 この記事では、届出の全体像から、自社ですること、給与計算での扱い、間違えやすいところまで、順番に整理していきます。
結論:2つ以上の会社で同時に社会保険(健康保険・厚生年金保険)の加入要件を満たしたときは、まず各社がそれぞれ資格取得届を出し、そのうえで本人が「健康保険・厚生年金保険 被保険者所属選択・二以上事業所勤務届」を、事実が発生した日から10日以内に提出します。届出の主体は会社ではなく被保険者本人なのが、いちばんの違いです。効果は2つで、報酬を合算して1つの標準報酬月額を決める(合算)ことと、そこから出た保険料を各社の報酬額に応じて分ける(按分)こと。自社が負担する額は年金事務所から届く決定通知の金額に従えばよく、こちらで按分計算をする必要はありません。まず本人に届出を案内し、通知が来るまでは慌てず待って大丈夫です。
進めるときは、次の順番だと迷いにくくなります。
- 自社で加入要件を満たすかを、いつもどおり判定する
- 満たすなら、自社分の資格取得届を通常どおり提出する
- 本人に「二以上事業所勤務届」を10日以内に出してもらうよう案内する
- 年金事務所から届く決定通知を待ち、その金額で給与計算に反映する
まず整理:「二以上事業所勤務」になるのはどんなとき
そもそも、この届出が必要になるのは限られた場面です。「2つの会社で働いている」だけでは対象になりません。それぞれの会社で、社会保険の加入要件をどちらも満たしているときだけです。
現場でよく出てくるのは、次のようなケースです。
- 役員の兼務:グループ会社や関連会社で、それぞれ役員として報酬を受けている
- 副業で両方フルタイムに近い働き方:本業と副業のどちらも、労働時間・日数が加入要件を満たしている
- 社長が複数法人を経営:自身が設立した2つ目の法人からも役員報酬を受けている
逆に、片方でしか要件を満たさない場合は、この届出は不要です。たとえば副業先が週数時間のアルバイトで加入要件に届かないなら、社会保険は自社だけの話として、いつもどおり進めれば大丈夫です。加入要件そのものに迷ったときは、社会保険の加入要件(パート・短時間)を先に確認してみてください。
役員は労働時間で判定しない:役員の場合、パート社員のような「週の所定労働時間」ではなく、法人から労務の対償として報酬を受けているかで加入を判断します。役員報酬がごく少額で、実質的に労務の対償と言えないときは加入対象外とされることもあり、判断が分かれやすいところです。金額の線引きで迷うときは、年金事務所や社会保険労務士に事前相談しておくと安心です。
何が起きているか:届出の主体が「会社」ではなく「本人」になる
ふだんの社会保険手続きは、ほとんどが会社(事業主)から出すものです。資格取得届も、算定基礎届も、月額変更届も。だから二以上事業所勤務届も同じ感覚で構えてしまいがちなのですが、ここだけは違います。
この届出は、被保険者本人が提出するものです。理由を考えると納得しやすくて、A社もB社も、相手方の会社の報酬額や事業所情報を知らないからです。両方を知っているのは本人だけ。だから本人が、どちらの会社の保険者を選ぶかを決めて、まとめて届け出る形になっています。
ここから、自社(会社)の役割は自然に決まります。
- 自社分の資格取得届は、いつもどおり自社が出す(ここは変わりません)
- 二以上事業所勤務届は本人に出してもらう。会社は、自社の事業所情報と報酬額を本人に伝えて手伝う
- 実務上は、会社が用紙の記入を手伝ったり、本人に代わって窓口に持参したりすることもあります
「本人の届出だから会社は関係ない」ではなく、「本人の届出だから、会社は必要な情報を渡して支える」という立ち位置です。ここが分かれば、社内の説明もしやすくなります。
選択届で決めるのは「どちらの保険者にするか」

正式名称が「被保険者所属選択・二以上事業所勤務届」となっているとおり、この届出には「選ぶ」作業が含まれます。何を選ぶのかというと、手続きの窓口となる事業所(=選択事業所)です。
- 選んだ事業所を管轄する年金事務所が、以後の手続きの窓口になります
- 健康保険証(マイナ保険証・資格確認書)も、選んだ側の保険者から1つだけ交付されます
- 一方の会社が健康保険組合、もう一方が協会けんぽ、というときは、どちらの保険者に入るかがこの選択で決まります(健康保険と厚生年金で、それぞれ選択します)
どちらを選ぶかに絶対の正解はありませんが、実務では報酬が多いほうや事務担当がいて手続きに慣れているほうを選ぶことが多いです。健康保険組合がある側を選ぶと、付加給付など組合独自の給付を受けられることもあります。本人から「どちらがいいですか」と聞かれたら、この観点を伝えたうえで、最終的には本人に決めてもらいましょう。
保険料はこう決まる:合算して等級を決め、報酬の割合で分ける
いちばん気になるのが、保険料です。仕組みは2段階で、順に見ればシンプルです。
1段階目:報酬を合算して、標準報酬月額を1つ決める
A社の報酬とB社の報酬を足した金額で、標準報酬月額の等級が決まります。「A社で30万円、B社で20万円」なら、50万円の等級で判定されます。1社ずつで見るより等級が上がるので、本人の負担額はこれまでより増えるのが通常です。ここは本人に先に伝えておくと、あとで「思ったより天引きが多い」と驚かせずに済みます。
2段階目:保険料を、報酬額の割合で各社に分ける(按分)
合算で決まった標準報酬月額から計算した保険料の総額を、それぞれの会社の報酬額の割合で分けます。数字で追ってみます。
| 項目 | A社 | B社 | 合計 |
|---|---|---|---|
| 報酬月額 | 300,000円 | 200,000円 | 500,000円 |
| 標準報酬月額 | — | — | 500,000円(合算で決定) |
| 保険料の総額(仮に率10%とした場合の労使合計) | — | — | 50,000円 |
| 按分後の保険料(労使合計) | 30,000円(総額×30/50) | 20,000円(総額×20/50) | 50,000円 |
| 本人負担(労使折半の場合) | 15,000円 | 10,000円 | 25,000円 |
※率10%は計算の流れを示すための仮の数字です。健康保険料率は都道府県や健康保険組合によって異なり、厚生年金保険料率とあわせて改定されることがあります。実際の額は、必ず自社が加入する保険者の最新の保険料額表で確認してください。
そして、ここが実務でいちばん大事なところです。
この按分計算を、自社でする必要はありません。 届出が受理されると、年金事務所から「健康保険・厚生年金保険 被保険者 二以上事業所勤務 該当通知書」など、各社の負担額が記載された通知が届きます。給与計算は、その通知の金額をそのまま使うのが正解です。自前で計算した額と通知の額が合わないときは、通知が優先です。
自分で計算して合わせにいこうとすると、端数処理でどうしてもずれます。「計算の考え方は理解しておく、実際の金額は通知に従う」——この線引きで大丈夫です。
自社ですること:資格取得届・算定基礎届・賞与支払届は「自社分だけ」
該当したあとも、自社から出す届出そのものはなくなりません。ただし、書くのは自社が支払っている報酬だけです。合算するのは年金事務所側の仕事なので、こちらで足し算をしないよう気をつけてください。
| 届出 | 誰が出すか | 書く金額 |
|---|---|---|
| 資格取得届 | 各社がそれぞれ提出 | 自社が支払う報酬額 |
| 二以上事業所勤務届(所属選択届) | 本人が提出(10日以内) | 両社の情報(本人が記入) |
| 算定基礎届 | 各社がそれぞれ提出 | 自社が支払う報酬額 |
| 月額変更届(随時改定) | 各社がそれぞれ提出 | 自社が支払う報酬額 |
| 賞与支払届 | 各社がそれぞれ提出 | 自社が支払う賞与額 |
| 資格喪失届 | 退職した会社が提出 | — |
つまり、自社の作業手順そのものは今までどおり。変わるのは、「決まった保険料の金額が通知で降りてくる」という一点だけです。そう考えると、身構えすぎなくて大丈夫だと思えてきませんか。
なお、算定基礎届や月額変更届を各社が出すと、年金事務所側で改めて合算して等級を決め直し、新しい通知が届きます。通知が来たら、そのつど給与計算のマスタを更新する——このリズムだけ押さえておきましょう。
社会保険以外はどうなる:雇用保険・労災・労働時間
社会保険の話が片づいても、周辺の制度が気になるところです。ここも整理しておきます。
- 雇用保険:原則として、主たる賃金を受ける1つの事業所でのみ加入します。両方では入りません。ただし65歳以上の人については、2つの事業所の労働時間を合計して週20時間以上(各事業所5時間以上20時間未満)などの要件を満たす場合に、本人がハローワークへ申し出て加入できる「マルチジョブホルダー制度」があります。会社からの届出ではなく本人の申出による点が、二以上事業所勤務届と似ています。
- 労災保険:それぞれの事業所で適用されます。複数の会社で働く人が被災したときは、すべての就業先の賃金額を合算して給付基礎日額を計算する取扱いになっています。労災の請求書には、他社での就労状況を記載する欄があります。
- 労働時間:労働基準法の労働時間は、事業主が異なっていても通算されます。割増賃金の負担が問題になりやすいところなので、詳しくは副業・兼業の労働時間通算にまとめています。役員としての兼務であれば労働時間の通算は生じませんが、「役員なのか従業員なのか」があいまいなまま進むとあとで揉めやすいので、契約の形を先にはっきりさせておくと安心です。
具体例:副業社員から「向こうでも社保に入る」と言われたら
月の途中、社員から相談を受けた場面で考えてみます。
- まず要件を確認する:副業先での働き方(週の所定労働時間・日数、契約期間)を聞き、先方でも加入要件を満たしそうかを確かめます。満たさないなら、この手続きは不要です。
- 自社の立場を確認する:自社では既に被保険者ですから、新たに資格取得届を出し直す必要はありません。副業先が新たに資格取得届を出す側になります。
- 本人に届出を案内する:「加入した日から10日以内に、ご自身で二以上事業所勤務届を出してください」と伝えます。あわせて、どちらの会社を選択事業所にするかを決めてもらう必要があることも説明します。
- 自社の情報を渡す:本人が記入できるよう、自社の事業所整理記号・事業所番号・所在地・名称・報酬月額をメモにして渡します。これがあるだけで、本人の負担はぐっと軽くなります。
- 保険料が増えることを先に伝える:合算で等級が上がるため、天引き額が変わる可能性があることを、事前に一言添えておきます。
- 通知が届いたら反映する:年金事務所からの通知の金額で、自社の給与計算を更新します。
この6ステップをメモにしておけば、次に同じ相談が来たときも、その場で答えられるようになります。
迷いやすいポイント
- 提出期限を過ぎてしまった:10日を過ぎても届出はできます。さかのぼって保険料が精算されるため、あとで数か月分の差額をまとめて調整することになる場合があります。気づいた時点ですぐ出しましょう。
- どちらか一方を退職した:退職した会社が資格喪失届を提出します。残った1社だけになれば通常の被保険者に戻り、その会社の報酬だけで標準報酬月額が決まり直します。二以上事業所勤務の状態が終わったことも年金事務所側で処理されるので、通知を待って給与計算を戻します。
- 報酬の増減があった:どちらかの会社で固定的賃金が変わり随時改定に当たるときは、その会社が月額変更届を出します。合算後の等級が変わることがあるので、通知を確認してください。
- 合算すると等級の上限に届く:厚生年金保険には標準報酬月額の上限があるため、合算しても上限を超えては上がりません。健康保険と厚生年金で上限が違う点にも注意です。
- 健保組合と協会けんぽにまたがる:選択した保険者に一本化されます。健保組合側を選んだ場合は、組合への届出書類が別途必要になることがあるため、組合の案内も確認しましょう。
- 住民税・所得税は別の話:社会保険を合算しても、所得税の扶養控除等申告書は1か所にしか出せません(主たる給与の会社)。従たる給与の会社は乙欄で源泉徴収し、本人が確定申告をします。社会保険と税は別ルートだと整理しておくと混乱しません。
影響:放っておくと、あとからの精算が大きくなる
届出が遅れても、罰則がすぐに科されるような性質のものではありません。ただ、時間が経つほど後始末が増えます。
- 届出が遅れる → 正しい標準報酬月額が決まらないまま給与計算が進み、あとでさかのぼって数か月分の保険料差額を精算することになる
- 本人負担分の追加徴収が発生する → 一度の給与で大きく天引きすることになり、本人に説明の負担がかかる
- 選択事業所が決まらない → 健康保険証(資格確認書)の交付が整理されず、受診時に本人が困ることがある
どれも「早く出しておけば起きなかった」類のものです。相談を受けたその日に本人へ案内する、それだけで十分に防げます。
明日やること(まずはここだけ)
すぐに該当者がいなくても、準備はできます。今日できる小さな一歩から。
- 社員への案内文を1つ作る:「副業先・兼務先でも社会保険に加入することになったら、加入日から10日以内にご本人で二以上事業所勤務届の提出が必要です。会社の情報はお渡しするので、決まった時点でご相談ください」。この3行を用意しておくだけで、いざというときに慌てません。
- 自社の事業所情報をメモにまとめる:事業所整理記号・事業所番号・所在地・名称を1枚にしておく。本人に渡す情報がすぐ出せます。
- 役員の報酬状況を確認する:グループ会社や関連会社の役員を兼務している人がいないか、一度だけ棚卸ししてみる。すでに該当しているのに未届のケースは、ここで見つかることがあります。
3つとも、30分あればできることです。1つだけでも進めば、それで十分です。
チェックリスト(現場で回る最低ラインつき)
「まずこれだけ」で回せる最低ラインと、できればやる確認、間に合わないときの代替を分けました。
- 必須(最低ライン・優先順)
- 両方の会社で社会保険の加入要件を満たしているかを確認した(片方だけなら届出不要)
- 自社分の資格取得届は通常どおり提出した(新規加入の場合)
- 本人に「加入日から10日以内に、本人が二以上事業所勤務届を提出する」ことを案内した
- どちらを選択事業所にするか、本人が決めたことを確認した
- できれば(精度アップ)
- 自社の事業所整理記号・事業所番号・報酬月額を、記入用メモにして本人へ渡した
- 合算により保険料(天引き額)が増える可能性を、事前に本人へ伝えた
- 健保組合が関わる場合、組合側の必要書類も確認した
- 雇用保険は原則1社のみ(65歳以上はマルチジョブホルダー制度あり)を確認した
- 従業員としての兼業なら、労働時間の通算と割増賃金の扱いを確認した
- 通知が届いたあと
- 年金事務所からの通知の金額で、給与計算の保険料を更新した(自前の按分計算では合わせない)
- 算定基礎届・月額変更届・賞与支払届は、自社が支払った額だけを記載する運用にした
- 間に合わないときの代替
- 10日を過ぎた → 気づいた時点ですぐ提出。さかのぼり精算が発生し得ることを本人に共有
- 選択事業所が決められない → 報酬が多いほう/事務体制が整っているほうを目安に相談し、迷えば年金事務所に確認
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社会保険まわりを一本の線でつなげたいときは、加入の入口をまとめた「資格取得届の書き方と提出期限」、保険料の土台になる「標準報酬月額の決まり方」、そして働き方の側から見た「副業・兼業の労働時間通算」もあわせてどうぞ。1年の提出物を見渡したいときは「ひとり労務の年間スケジュール」が役に立ちます(記事一覧、無料チェックリスト)。 人事・労務の実務のヒントは、メールでも受け取れます。よければ登録して、日々の段取りづくりに使ってください。

二以上事業所勤務届は、めったに出会わないぶん、最初は身構えてしまう手続きです。でも今日、「出すのは本人」「合算して決めて、按分して分ける」「金額は通知に従う」——この3つがつかめたなら、もう大きな山は越えています。前例が社内になくても、調べて、本人に案内して、通知を待つ。その順番をたどれるあなたなら、次に同じ相談が来たときは、きっと落ち着いて答えられます。複数の場所で働く人が増えているぶん、こういう手続きを整えておける人の存在が、会社の安心を静かに支えています。
本記事は一般的な実務情報です。社会保険の適用や届出の取扱いは、個別の事情や法改正、加入する保険者によって変わります。届出の様式・提出期限・選択事業所の考え方・保険料の計算方法など最新の要件は、日本年金機構・全国健康保険協会(協会けんぽ)・加入する健康保険組合の公式情報でご確認のうえ、最終的な判断は社会保険労務士・所轄の年金事務所など最新の公式情報でご確認ください。