
通勤災害・第三者行為災害の労災手続き|交通事故のときの流れを整理
朝いちばんに電話が鳴って、「すみません、通勤の途中で自転車ごと車と接触してしまって……」。 まずはケガの具合が気になりますよね。そして電話を切ったあと、「これって労災?」「相手の車の保険で払うもの?」「会社は何を出せばいいんだっけ」と、頭の中で疑問がいくつも並びはじめると思います。
通勤中のケガは労災保険の「通勤災害」としてみることができます。さらに、交通事故のようにケガの原因に相手(第三者)がいるときは、「第三者行為災害」として、いつもの請求書に加えて届出がひとつ増えます。ふだんめったに扱わない手続きなので、迷って当たり前です。この記事で、ひとつずつ一緒に確認していきましょう。
結論:押さえたいのは次の3つです。①通勤中のケガは、健康保険ではなく労災(通勤災害)で受診してもらいます。様式は通勤災害用(療養は様式第16号の3、休業は様式第16号の6など)を使います。②交通事故など相手がいるときは、請求書とあわせて「第三者行為災害届」を労働基準監督署に出します。労災と相手側の保険(自賠責など)から同じ損害を二重に受け取ることはできず、調整されます。③本人が示談をする前に、労働基準監督署へ相談してもらうよう伝えてください。示談の内容によっては、その後の労災給付が受けられなくなることがあるためです。まずは「いつ・どこで・どんな経路で」起きたかを聞き取るところからで大丈夫です。
何が起きているか:「通勤災害」と「第三者行為災害」は別の切り口

ここで混乱しやすいのは、「通勤災害」と「第三者行為災害」が同じ並びの分類ではないことです。
- 通勤災害:「いつ起きたか」の切り口です。業務中ではなく、通勤の途中で起きたケガ・病気のこと。
- 第三者行為災害:「誰が原因か」の切り口です。会社でも本人でもない第三者(車の運転者など)の行為でケガをしたこと。
だから、「通勤中に車とぶつかった」は通勤災害であり、かつ第三者行為災害。一方、「営業車で取引先へ向かう途中に追突された」は業務災害であり、かつ第三者行為災害です。まず「通勤か業務か」で様式を決め、次に「相手がいるか」で届出を足す、と2段階で考えると整理しやすくなります。
通勤災害になる「通勤」の範囲
労災保険でいう通勤は、次のような移動を、合理的な経路と方法で行うことをいいます(労働者災害補償保険法第7条)。
- 住居と会社(就業の場所)との往復
- 副業先など、ある就業の場所から別の就業の場所への移動
- 単身赴任先の住居と、帰省先の住居との間の移動
気をつけたいのは寄り道です。通勤の経路をそれたり(逸脱)、通勤と関係ないことをしたり(中断)すると、その間とその後は原則として通勤ではなくなります。ただし、日用品の買い物や病院への立ち寄りなど、日常生活に必要な行為をやむを得ず最小限で行った場合は、もとの経路に戻ったあとは再び通勤として扱われます。経路の近くでの短い休憩や、飲み物を買う程度のささいな行為は、そもそも逸脱・中断にはあたらないとされています。
最終的に通勤災害にあたるかどうかは労働基準監督署が判断します。会社が「これは対象外だろう」と先回りして決めず、事実をそのまま聞き取って書くことが、いちばんの支えになります。
具体例:通勤災害の様式と、業務災害との違い
通勤災害では、給付の名前から「補償」が外れ、様式の番号も変わります。
| 場面 | 業務災害 | 通勤災害 |
|---|---|---|
| 労災指定病院で治療(療養の給付) | 様式第5号 | 様式第16号の3 |
| 指定外の病院で立て替え(療養の費用) | 様式第7号 | 様式第16号の5 |
| 休んだ間の給付(休業) | 様式第8号 | 様式第16号の6 |
| 最初の3日間(待期)の会社の補償 | 平均賃金の60%を会社が補償 | 会社の補償義務なし |
| 労働者死傷病報告 | 必要 | 不要 |
通勤災害の様式には、ふだんの通勤経路・方法や、事故が起きた時刻・場所などを書く欄があります。本人からふだんの経路(自宅→最寄り駅→会社など)と、その日の動きを聞いておくと、会社の証明欄がスムーズに書けます。通勤手当の申請書に書いてもらった経路があれば、それも手がかりになります。
もうひとつ、通勤災害ならではの点があります。療養給付を受けるとき、本人に一部負担金(原則200円)がかかり、最初の休業給付から差し引かれるしくみです。ただし、第三者行為災害の場合などは一部負担金はかかりません。本人から「200円引かれていた」と聞かれたときに、思い出せるとあわてずにすみます。
療養・休業の請求そのものの流れ(指定病院かどうか、待期3日、給付基礎日額のおよそ8割など)は、「労災の療養・休業給付の請求手続き|流れと様式をやさしく整理」にまとめています。
影響:相手がいるときは「第三者行為災害届」を足す
交通事故のように相手がいる場合、本来は相手(加害者)が損害を賠償する責任を負います。そこに労災保険の給付も重なるので、同じ損害を二重に受け取らないよう調整するのが第三者行為災害のしくみです(労働者災害補償保険法第12条の4)。
- 労災を先に受けた場合:国が給付した分を、あとから相手に請求します(求償)。
- 相手側の賠償を先に受けた場合:同じ損害について受け取った分は、労災から給付されません(控除)。
自動車事故なら、相手の自賠責保険(ケガの場合の支払限度額は120万円)や任意保険と、労災のどちらを先に使うかは、本人が選べます。慰謝料のように労災にはない補償もあるので、どちらが本人にとって負担が少ないか、労働基準監督署や保険会社に相談しながら決めてもらうと安心です。
そのうえで、請求書とあわせて「第三者行為災害届」を所轄の労働基準監督署に提出します。主な添付書類は次のとおりです。
- 交通事故証明書(自動車安全運転センターで発行。警察に届けていない場合は、事故の状況を書いた届出で代える)
- 念書(兼同意書):本人が、国の求償に協力することなどに同意する書類
- 示談書の写し(示談をしている場合)
- 自賠責保険などから支払いを受けている場合は、その支払いを証明するもの
示談の前に、ひとこと:本人が相手と「これで全部終わりにします」という内容の示談をすると、その後の労災給付が受けられなくなることがあります。事故のあとは気持ちが落ち着かず、早く終わらせたくなるものです。だからこそ、示談書にサインする前に労働基準監督署へ相談してねと、会社から一言伝えておくだけで、本人を大きく守れます。
明日やること(まずはここだけ)
全部を一度に整えなくて大丈夫です。今日はこの3つから始めましょう。
- 事故の状況を聞き取ってメモする:いつ・どこで・どの経路で・相手はいるか。寄り道の有無もあわせて、本人の言葉のまま書きとめる。
- 労災で受診できているか確かめる:健康保険(マイナ保険証)を使っていたら切り替えが必要。指定外の病院なら領収書を取っておくよう伝える。
- 相手がいるなら、第三者行為災害届の準備を伝える:交通事故証明書の取り寄せと、「示談の前に労働基準監督署へ相談」を本人に一言。
この3つができれば、手続きの土台はもうできています。
チェックリスト(コピーして使えます)
- ケガが通勤中か業務中かを確認したか(営業車での移動中は業務災害)
- 通勤経路・方法と、寄り道(逸脱・中断)の有無を本人から聞き取ったか
- 健康保険ではなく労災として受診できているか
- 通勤災害用の様式(療養は第16号の3/費用請求は第16号の5/休業は第16号の6)を用意したか
- 会社証明欄の通勤経路・時刻・場所が、通勤手当の申請経路や勤怠と食い違っていないか
- 相手がいる事故なら、第三者行為災害届と添付書類(交通事故証明書・念書(兼同意書)など)を案内したか
- 自賠責・任意保険と労災のどちらを先に使うか、本人が相談できる状態か
- 本人に「示談の前に労働基準監督署へ相談」と伝えたか
- 業務中の事故なら、労働者死傷病報告と待期3日の休業補償も確認したか
よければ、こちらも
労災の請求全体の流れは「労災の療養・休業給付の請求手続き|流れと様式をやさしく整理」、労災が起きた直後の動き方は「仕事中のケガ・体調不良の初動|労災か私傷病かの見極め方」で確認できます。通勤経路の確認には「通勤手当の非課税限度額」の記事も手がかりになります。休みが長引きそうなときは「休職・復職支援の進め方」も参考にどうぞ。手続きの期限をまとめて確認したいときは無料ツール・チェックリストが使えます(記事一覧)。 人事・労務の実務のヒントは、メールでも受け取れます。よければ登録して、日々の段取りに役立ててください。

通勤中の事故は、本人にとっても突然の出来事です。会社に電話をかけてきたとき、きっと「迷惑をかけてしまう」と心細い気持ちでいるはずです。手続きは「通勤か業務かを分ける」「労災で受診してもらう」「相手がいれば第三者行為災害届を足す」「示談の前に相談をうながす」の4つに分ければ、ひとつずつ進められます。今日、事故の状況をメモにして、本人に一言かけられたなら、それだけでもう十分に支えになっています。
本記事は一般的な実務情報です。通勤災害・第三者行為災害にあたるかどうかや、給付の調整・様式・添付書類は、個別の事情や法改正によって変わることがあります。具体的な取扱いは、厚生労働省・所轄の労働基準監督署の最新の案内でご確認のうえ、判断に迷う場合は社会保険労務士など公式の窓口にご相談ください。