
内定・内定取消しで気をつけること|ひとり労務の判断ガイド
「では、採用ということで」。 面接を重ねて、ようやく決まった一人。社長から「あの人でいこう」と言われて、あなたは電話をかける準備をしている——その手前で、ふと止まりませんか。内定通知って書面で出すものなのか。何を書けばいいのか。そして、もし業績が急に厳しくなったら、この内定はどうなるのか。
一人で労務を回していると、採用の「入り口」はとくに前例が少なくて、毎回ゼロから考えることになりがちです。しかもここは、あとになって「言った・言わない」がいちばん起きやすい場面でもあります。
先にお伝えしたいのは、内定は「まだ何も決まっていない仮の状態」ではないということ。ここさえ知っておけば、書面に何を書くべきかも、取り消しをどれだけ慎重に扱うべきかも、自然と決まってきます。難しい話ではありません。一緒に順番に見ていきましょう。
結論:採用内定を出した時点で、判例上は「始期付・解約権留保付労働契約」=すでに労働契約が成立していると考えられています(大日本印刷事件・最高裁昭和54年7月20日判決)。つまり内定取消しは、解雇に近いものとして扱われるということ。「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」が必要で、会社の都合だけで気軽に戻せるものではありません。ひとり労務が押さえるのは3つです。①内定通知書に「入社日」と「取り消すことがある場合」を書いて渡す、②労働条件は内定の段階で書面にして示しておく、③やむを得ず取り消すときは、先に本人と話し、経過を記録し、補償まで検討する。逆に、本人からの内定辞退は原則として自由(民法第627条の考え方)で、責めたり賠償を求めたりする話にはなりにくいところです。まずは、いま使っている内定通知の文面を1枚見直すところから始めれば十分です。
進める順番は、これだけです。
- 内定を出す前に、通知書に書く項目(入社日・職種・勤務地・賃金・取消事由)をそろえる
- 内定通知書と労働条件の書面をセットで渡し、承諾の返事を書面でもらう
- 入社日までは連絡を絶やさず、状況が変わったら早めに本人と話す
何が起きているか:内定は「入社日から始まる契約」がもう結ばれた状態
まず、いちばん誤解されやすいところから整理します。
採用内定について、最高裁は「始期付・解約権留保付労働契約」が成立していると判断しました。長い言葉ですが、分解すると難しくありません。
- 始期付……働き始めるのは入社日から(効力が動き出す時期が先に設定されている)
- 解約権留保付……一定の事情があれば会社が解約できる権利を残している
- 労働契約……つまり、契約そのものはもう結ばれている
「内定通知を出して、本人が承諾した」——この時点で、契約は成立しているという理解です。入社日はまだ先でも、白紙の状態ではありません。
ここが分かると、次の一歩が見えてきます。契約が成立しているなら、それを会社側から一方的に終わらせる行為(=内定取消し)は、解雇に近い重さを持つということです。試用期間と本採用拒否の考え方とよく似ていて、「留保していた解約権を使う」という構造は同じ。ただし内定のほうが、まだ働きぶりを見ていないぶん、判断材料が限られるという難しさがあります。
内々定はどう違う?:「内々定」は、正式な内定通知を出す前の、口頭やメールでの事前の伝達を指すことが多い言葉です。一般には労働契約はまだ成立していないと整理されますが、言葉の名前で決まるわけではありません。実際のやり取りの中身(入社日を伝えた、他社を断るよう求めた、承諾書を出させた等)によっては、内定と同じように扱われた裁判例もあります。「内々定と呼んでいるから大丈夫」という安心の仕方は避けて、伝える内容そのものを慎重に選ぶのが安全です。
内定から入社までは、一本の線でつながっている

図のとおり、太い線が始まるのは入社日ではなく内定のときです。選考の段階ではまだ線がありませんが、内定を伝えた瞬間から、入社日まで途切れずにつながっている——このイメージを持っておくと、「まだ入社していないから」という感覚のズレを防げます。
そして、この線が始まっているからこそ、次のようなことが実務に効いてきます。
- 内定者は、この会社に入るつもりで他社の選考を断っている(人生の予定を組み直している)
- 会社側も、入社日に向けた準備を進めてよい立場にある
- 途中で線を切るのは、どちらの側にとっても重い判断になる
内定を出すときにそろえたい書面:3点セット
口頭だけで済ませてしまうと、あとから中身を確認できません。次の3つを紙(またはPDF)で残しておくと、それだけで揉めごとの多くを防げます。
| 書面 | 誰が出すか | 主な役割 |
|---|---|---|
| 内定通知書 | 会社 → 本人 | 採用を決めたこと、入社予定日、提出してほしい書類、内定を取り消すことがある場合を伝える |
| 労働条件を示す書面(労働条件通知書) | 会社 → 本人 | 契約期間・就業場所・業務内容・労働時間・賃金・退職に関する事項などを明示する |
| 内定承諾書(入社承諾書) | 本人 → 会社 | 内定の条件を確かめたうえで、入社の意思を書面で示してもらう |
労働条件の明示は、いつ渡すのがよいか。労働基準法第15条は、労働条件の明示を「労働契約の締結時」に求めています。内定の時点で契約が成立していると考えるなら、内定を出すタイミングで明示しておくのが望ましい、という整理になります。実務では「入社日に労働条件通知書を渡す」という運用も多いのですが、内定から入社日までの期間が長い会社ほど、先に渡しておくメリットが大きいところです。賃金や勤務地の認識違いは、入社直前に発覚すると立て直しがききません。
書面の役割分担で迷ったら、雇用契約書と労働条件通知書の違いもあわせて見てみてください。
内定通知書に入れておきたい「取消事由」:内定を取り消すことがある場合を、あらかじめ書いておきます。よくあるのは、「卒業できなかったとき」「業務に必要な免許・資格を取得できなかったとき」「健康上の理由で勤務が難しいとき」「提出書類に重大な虚偽があったとき」「その他、内定時に知り得なかった事実により就業が困難と認められるとき」といった内容です。ただし、書いておけば自由に取り消せる、ということではありません。次の章で見るとおり、書面にあってもなお、取消しには合理性が求められます。書く目的は「取り消す権利をつくること」ではなく、お互いに前提を共有しておくことだと考えると、文面も自然に整います。
取り消せるとき・取り消しにくいとき
内定取消しが認められる範囲について、最高裁は「内定当時に知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として取り消すことが客観的に合理的で、社会通念上相当と認められるものに限られる」という考え方を示しています。
かみくだくと、判断の軸は2つです。
- 選考のときには分からなかった事実か(面接で確認できたはずのことは、あとから理由にしにくい)
- その事実を理由に取り消すのが、行きすぎではないか
この軸で見ると、実務での目安はこう整理できます。
| ケース | 見通し | 補足 |
|---|---|---|
| 学校を卒業できなかった(卒業が入社の前提だった) | 検討され得る | 卒業を条件として明示していることが前提。取得見込みの単位数など、事実確認を丁寧に |
| 業務に必要な免許・資格を取得できなかった | 検討され得る | その資格がなければ本当に業務ができないのか、配置転換の余地はないかを先に考える |
| 提出書類・面接での重大な経歴詐称が判明した | 検討され得る | 「重大」かどうかが分かれ目。軽微な記載ミスは理由になりにくい |
| 健康上の理由で、入社日から長期に就業できない状態が続いている | 慎重に判断 | 診断書などの客観的な資料が要る。回復の見込みや、配慮で就業できないかを必ず検討する |
| 会社の業績が悪化した | かなり厳しい | 整理解雇に準じた慎重さが求められる。人員削減の必要性、回避努力、人選の合理性、説明の手続きを尽くしたか |
| もっと良い応募者が見つかった | 認められにくい | 会社の都合であり、内定当時に知り得なかった事実とは言えない |
| 面接時の印象やSNSの書き込みが気になった | 認められにくい | 選考時に判断できたはずの事柄。思想・信条など本人に責任のない事項での取消しは、公正な採用選考の考え方からも避けたいところ |
ひとことでまとめると、「会社側の事情」を理由にした取消しほど、ハードルが高くなるということです。とくに業績を理由にする場合は、通常の解雇と同じ厳しさで見られると考えて、社会保険労務士や弁護士に事前相談することを強くおすすめします。
新規学卒者の場合は、通知が必要になります:新規学校卒業者(新卒)の採用内定を取り消す場合、職業安定法にもとづき、あらかじめハローワークと学校へ通知することが求められています。理由に正当性がなく、学生に大きな不利益を与えた場合などには、企業名が公表される仕組みもあります。新卒採用をしている会社は、この手続きの存在を必ず頭に入れておいてください。具体的な様式や連絡先は、所轄のハローワークの案内でご確認ください。
具体例:現場で迷いやすい3つの場面
① 入社直前に「やっぱり別の会社に行きます」と言われた
つらい連絡ですが、内定辞退は原則として本人の自由です。期間の定めのない労働契約は、労働者側からいつでも解約を申し入れることができ、申入れから2週間の経過で終了するのが民法第627条の考え方。入社日前であれば、これに沿って辞退が認められると整理されます。
「準備にかけた費用を請求したい」という気持ちが出てくることもありますが、損害賠償が認められるのは、極めて限られた場面です。実務としては、責めるより、辞退の連絡が早く届く関係をつくっておくほうが会社を守ります。「もし迷いが出たら、いつでも遠慮なく言ってください」と最初に伝えておく——それだけで、直前の連絡が2週間前の連絡に変わることがあります。
② 入社日まで3か月ある。その間、何をすればいいか
内定から入社日まで期間が空くほど、内定者の不安は静かに膨らみます。ここは、労務の仕事が効くところです。
- 月に1回でいいので、短い連絡を入れる(提出書類の案内、配属先の様子、入社日の集合時間など)
- 入社手続きの必要書類を早めに案内し、そろえる時間を確保してもらう
- 身元保証書を求めるなら、必ず内定の段階で伝える(直前だと保証人が見つからず双方が困ります)
派手なことは要りません。連絡が届いているだけで、「ここに行っていいんだ」と思ってもらえます。
③ 入社日は決まったが、社会保険はいつから?
社会保険・雇用保険の加入は、実際に働き始める入社日からです。契約が内定時に成立していても、就労開始前に加入手続きをするわけではありません。入社日を起点に、いつもの加入要件の判定と手続きに進めば大丈夫です。ここは通常どおりで問題ありません。
どうしても取り消さざるを得ないときの手順
避けたい場面ですが、起きたときのために順番だけ持っておきましょう。
- 事実を確認する:何が起きたのか、いつ分かったのか、資料はあるか。ここを曖昧にしたまま進めない。
- 取消し以外の道を探す:入社日を延期できないか、別の職種や勤務地で受け入れられないか、条件を変えて話し合えないか。「他に方法はなかったか」を検討した事実そのものが、あとで会社を支えます。
- 専門家に相談する:社会保険労務士・弁護士へ。とくに会社都合の取消しは、自己判断で進めないでください。
- 本人に、直接、早く伝える:メール一本で済ませない。理由を説明し、本人の話も聞く。
- 補償を検討する:解雇予告手当(解雇予告と解雇予告手当)に準じた金銭の支払いや、一定の補償を行うことがあります。金額や要否は個別性が高いため、必ず専門家と確認を。
- 経過を記録する:いつ、誰が、何を伝え、本人がどう答えたか。時系列のメモを残す。
- 新卒なら、ハローワーク・学校へ通知する(前述)。
順番の中で、いちばん効くのは2番と4番です。取り消す側が「他の道を探した」「直接向き合った」——この2つがあるかどうかで、話の着地はまったく変わります。
影響:内定まわりの手当てが、あとから効いてくる
ここを整えておくと、静かに効いてくることがいくつかあります。
- 内定通知書と労働条件の書面がそろっている → 入社後の「聞いていた条件と違う」が起きにくい
- 取消事由を共有している → 卒業や資格の見込みについて、本人から早めに相談が来る
- 入社日までの連絡が続いている → 辞退の連絡が早くなり、次の採用に動く時間が生まれる
- 経過の記録がある → 万一トラブルになったとき、会社の判断を説明できる
逆に、口頭のやり取りだけで進めると、条件の認識違いも、辞退の直前連絡も、防ぐ手立てがありません。採用は「決まった瞬間」がゴールに見えますが、実は入社日までが一続きの仕事です。そこを支えているのが、あなたのつくる1枚の書面と、月に1回の短い連絡になります。
明日やること(まずはここだけ)
いま採用の予定がなくても、準備はできます。30分あればできることを3つ。
- いまの内定通知の文面を1枚、開いてみる:入社予定日・職種・勤務地・賃金・提出書類・取消事由——このうち抜けている項目に印をつける。全部埋めなくて大丈夫、抜けを知るだけで十分です。
- 労働条件をいつ渡しているかを確認する:入社日に渡している運用なら、「内定と同時に渡す」に変えられないか検討してみる。用紙は今あるものをそのまま使えます。
- 内定者への連絡のタイミングを決めておく:「内定から入社日までに、最低2回は連絡する」と決めて、カレンダーに置いておくだけ。これだけで辞退の減り方が変わることがあります。
3つのうち、1つだけでも十分です。今日、内定通知の文面を開いたなら、それでもう前に進んでいます。
チェックリスト(現場で回る最低ラインつき)
「まずこれだけ」で回せる最低ラインと、できればやる確認、間に合わないときの代替を分けました。
- 必須(最低ライン・優先順)
- 内定を口頭だけで伝えず、内定通知書を書面(またはPDF)で渡している
- 内定通知書に入社予定日を明記している
- 内定を取り消すことがある場合を、あらかじめ書面で共有している
- 内定承諾書など、本人の入社意思を確認できる書面をもらっている
- 内定=労働契約が成立していると理解し、取消しを解雇に近い重さで扱っている
- できれば(精度アップ)
- 労働条件を示す書面を、内定の段階で渡している
- 提出してほしい書類(住民票記載事項証明・資格証明・身元保証書など)を、内定時にまとめて案内している
- 入社日までに2回以上、本人へ連絡する予定を決めている
- 内定者とのやり取り(日付・内容)を記録に残している
- 新卒採用がある場合、内定取消し時のハローワーク・学校への通知の存在を把握している
- 取り消しを検討することになったら
- 事実と時期を確認し、資料をそろえた
- 入社日の延期・配置変更など、取消し以外の道を検討した
- 社会保険労務士・弁護士に相談した(会社都合の取消しは自己判断で進めない)
- 本人に直接、理由を説明し、本人の話も聞いた
- 補償の要否と金額を専門家と確認した
- 間に合わないときの代替
- 書面を整える時間がない → まずは入社予定日と職種・勤務地・賃金だけでもメールで文字にして送る(口頭のままにしない)
- 取消事由の文面がまとまらない → 「内定時に知り得なかった事実により就業が困難と認められるとき」の1文だけ入れ、あとで整える
- 判断に迷って動けない → 決めきる前に相談する。迷ったまま先延ばしにするほど、本人の不利益は大きくなる
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内定は、会社にとっては「採用が決まった日」ですが、相手にとっては「ここで働くと決めた日」です。だから、取り消すことがこんなにも重い。逆に言えば、内定通知の1枚を丁寧に整えておくだけで、その重さのほとんどは前もって受け止められます。
今日、通知書の文面を開いて抜けを見つけたなら、それだけで次の採用は少しラクになります。全部を一度に整えなくて大丈夫。入社予定日を1行足す、労働条件を渡すタイミングを前にずらす——小さな一手で十分です。人を迎える準備を、ひとりで静かに整えているあなたの仕事は、その人の新しい毎日を支えています。
本記事は一般的な実務情報です。採用内定の法的性質や内定取消しの可否は、個別の事情・やり取りの経緯・裁判例の判断によって変わります。とくに会社都合による内定取消しは慎重な判断が必要です。最終的な判断は、社会保険労務士・弁護士、所轄のハローワーク・労働基準監督署など最新の公式情報でご確認ください。