社長から「来月、〇〇さんを支店に回したい」と相談され、手元の就業規則のファイルを開きながら考え込む中小企業のひとり労務担当者

転勤・配置転換を命じるときの根拠と手順|内示から辞令までの進め方

「来月から、〇〇さんを支店のほうに回したいんだよね。辞令、出しておいて」 社長からそう言われて、「わかりました」と答えたあとで手が止まる。本人に断られたらどうしよう。そもそも会社の判断だけで決めていいんだっけ。小さい子どもがいるって聞いた気もする——。転勤や配置転換は、ふだんの手続きよりも「人の暮らし」に近いぶん、ひとりで判断するのは心細いですよね。

まずお伝えしたいのは、転勤・配置転換は会社として普通に行える人事だということです。そのうえで、命じる前に確かめておきたいポイントがいくつかあります。 この記事では、命じる根拠、確かめたい3つのこと、内示から辞令までの流れ、異動に伴う手続きまで、ひとり労務の目線で順番に整理していきます。一緒に確認していきましょう。

結論:会社が転勤・配置転換を命じるには、就業規則などに「業務の都合で異動を命じることがある」という根拠があり、かつ職種や勤務地を限定する合意がないことが前提です。そのうえで、①業務上の必要性があるか、②不当な目的(嫌がらせ・退職させるため等)がないか、③本人の不利益が「通常がまんすべき程度」を著しく超えないか、を確かめます(最高裁 昭和61年7月14日判決=東亜ペイント事件の考え方)。転居を伴う転勤では、子育てや介護の状況への配慮も法律で求められています(育児・介護休業法 第26条)。内示で本人の事情を聴き、辞令を出し、雇用保険の転勤届などの手続きを進める——この順番で進めれば迷いにくくなります。

進めるときは、この順番がおすすめです。

  1. 就業規則と、本人の労働条件通知書・雇用契約書を確認する(根拠と限定の有無)
  2. 異動の理由(業務上の必要性)を、社長と一緒に言葉にしておく
  3. 内示で本人に伝え、家庭の事情などを聴く
  4. 必要に応じて条件を調整し、辞令を交付する
  5. 雇用保険・社会保険・通勤手当などの手続きを行う

何が起きているか:配転命令の「根拠」はどこにあるのか

配置転換(同じ勤務地の中で部署や仕事が変わること)や転勤(勤務地が変わること)は、まとめて「配転」と呼ばれます。法律に「会社は配転を命じられる」と直接書いた条文はなく、労働契約の中身として会社にその権限があるかどうかで考えます。

その根拠になるのが、多くの場合は就業規則です。厚生労働省のモデル就業規則にも、次のような趣旨の定めがあります。

就業規則が周知されていて内容が合理的なら、その定めは労働契約の内容になります(労働契約法 第7条)。まずは自社の就業規則に、この「人事異動」の条文があるかを確かめましょう。ここが空白だと、命令ではなく「お願い(本人の同意)」として進めることになります。

もうひとつ大事なのが、職種や勤務地を限定する合意です。

こうした場合、その範囲を超える異動は、本人の同意なしには命じられません。2024年4月の最高裁判決(令和6年4月26日)でも、職種を限定する合意がある人について、同意なく別の職種へ配転を命じる権限はないと判断されています。 2024年4月からは、労働条件通知書に就業場所・業務の「変更の範囲」を書くことになりました(労働基準法施行規則 第5条)。最近採用した人ほど、通知書に答えが書いてあるので、ここを見るのがいちばんの近道です。

具体例:確かめたい3つのこと

就業規則のファイル、会社の業務の事情、本人と家族の暮らしの3つを左から順に並べ、配転を命じる前に確かめたい3つの視点を示した概念図
「規程の根拠」「業務上の必要性」「本人の事情」。この3つを順に見れば、配転は落ち着いて判断できます

根拠と限定の有無を確かめたら、次は「その異動を、今この人に命じてよいか」を見ます。判例(東亜ペイント事件)の考え方を、現場向けに言い換えると次の3つです。

確かめること見るポイント現場での確認のしかた
根拠就業規則に異動の定めがあるか/職種・勤務地の限定がないか就業規則の「人事異動」の条文と、労働条件通知書の「変更の範囲」を見る
必要性業務上の必要性があるか/不当な目的がないか「なぜこの人を、この時期に」を社長と一緒に2〜3行で書き出す
本人の事情通常がまんすべき程度を著しく超える不利益がないか内示で、育児・介護・本人の病気などの事情を聴く

たとえば、こんなケースで考えてみます。

「必要性」は、その人でなければならないほどの高い必要性までは求められていません。ただ、理由を自分の言葉で説明できることは、本人に伝えるときにも、あとで振り返るときにも支えになります。

影響:内示・辞令と、異動に伴う手続き

内示から辞令までの流れ

内示(正式な辞令の前に、本人に異動の予定を伝えること)や辞令の時期に、法律の決まりはありません。現場の目安としては、次のような流れがよく使われます。

  1. 内示:転居を伴う転勤なら1〜2か月前、同じ事業所内の配置転換なら2週間〜1か月前が目安。個別に、口頭と書面(メモ)で伝える
  2. 事情の聴き取り:育児・介護・本人や家族の病気、住まいの事情などを聴く。その場で結論を出さず、持ち帰って検討する
  3. 条件の調整:赴任時期、転居費用・赴任手当、社宅、単身赴任の帰省旅費など、規程に沿って案内する
  4. 辞令の交付:異動日・異動先・職務を書いた辞令を渡す
  5. 社内への発表と引き継ぎ

内示の段階では、まだ本人以外には伏せておくのが一般的です。本人にも「正式発表までは口外しないでください」と一言添えておくと安心です。

ワンポイント:本人が異動を断ったときは、すぐに「業務命令違反」として懲戒を考えるより、まず断る理由を聴くところから。家庭の事情が理由なら、配慮で解決できることも少なくありません。それでも話し合いがまとまらないときは、懲戒処分を検討する前に、社会保険労務士や弁護士に一度相談しておくと落ち着いて進められます。

異動に伴う手続き

転勤では、給与計算の外側にもいくつか手続きが出てきます。ひとつずつ見れば大丈夫です。

明日やること(まずはここだけ)

一度に全部決めなくて大丈夫です。明日はこの3つだけ。

  1. 就業規則に「人事異動」の条文があるかを確認する
  2. 異動予定の人の労働条件通知書の「変更の範囲」を見る(限定がないか)
  3. 「なぜこの人を、この時期に」を、社長と一緒に2〜3行で書き出す

チェックリスト(コピーして使えます)

転勤・配置転換を命じる前に確かめたい項目です。

— 時間がないときの「最低ライン版(優先順)」 — 1) 就業規則の根拠と、労働条件通知書の「変更の範囲」を確認 2) 内示で本人の事情を聴く 3) 辞令を書面で交付 4) 雇用保険の転勤届と通勤手当の見直し

— 迷ったときの代替 —

よければ、こちらも

「変更の範囲」の書き方は「労働条件通知書の明示事項」、雇用契約書との使い分けは「雇用契約書と労働条件通知書の違い」にまとめています。異動後の通勤手当は「通勤手当の非課税限度額」、手当が変わったときの社会保険は「月額変更届の書き方」、子育て・介護中の人への配慮は「育児・介護休業規程」もどうぞ。断られたときの進め方に迷ったら「懲戒処分の手続き」も参考になります。手続きの期限をまとめて確かめたいときは無料チェックリストも使ってください(記事一覧)。

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異動の内示を終えた面談室で、話を聴いてもらえた社員と向き合い、ほっとした笑顔を交わす中小企業のひとり労務担当者
根拠を確かめて、理由を伝えて、事情を聴く。それだけで、異動の話はちゃんと前に進みます

転勤や配置転換は、組織図の線を1本引き直すだけに見えて、実はひとりの人の毎日を大きく動かす仕事です。だからこそ、根拠を確かめて、理由を言葉にして、本人の話を聴く。その3つができていれば、もう十分ていねいに進めています。まずは明日、就業規則の「人事異動」の条文を開くところから始めてみましょう。