夕方の事務所で、給与計算の画面と就業規則の冊子を見比べながら、電卓を手元に置いて少し考え込んでいるひとり労務担当者

減給の制裁の上限とは|就業規則の定め方と計算をやさしく整理

社長から「あいつ、今月の給料は1割カットにしておいて」と言われる。 たしかに、注意しても同じミスが続いていたのは知っている。でも、給与ソフトに「−30,000円」と打ち込もうとしたところで、手が止まる。「これ、そのまま引いていいんだっけ……?」

その「手が止まった」感覚は、とても大事なものです。減給の制裁には、労働基準法で決められた上限があります。そして、社長の言う「1割カット」は、多くの場合その上限を大きく超えてしまいます。 この記事では、減給の上限の計算を、実際の数字で一緒に追いかけていきます。社長に「ここまでなら大丈夫です」と落ち着いて伝えられるところまで、ひとつずつ見ていきましょう。

結論:減給の制裁は、労働基準法第91条により、①1回ごとの額は「平均賃金の1日分の半額」まで、②月の合計は「その賃金支払期の賃金総額の10分の1」までと上限が決まっています。月給30万円の人なら、1回ごとの上限はおよそ5,000円弱、月の合計の上限は3万円です。「1割カットを3か月」のような減給は、1回ごとの上限も、1つの事案は1回だけという考え方も超えてしまいます。また、減給をするには就業規則に制裁の種類と程度を定め、周知しておくことが前提です(第89条)。なお、遅刻・欠勤で働かなかった時間分の賃金を引く(ノーワーク・ノーペイ)のは、減給の制裁には当たりません。

進めるときは、次の順番だと迷いにくくなります。

  1. 就業規則に「減給」の定めがあるか、周知されているかを確かめる
  2. その人の平均賃金を計算し、「1回ごと」と「月の合計」の上限を出す
  3. 上限の範囲で、処分の重さとして妥当かを確かめてから、書面で伝える

何が起きているか:「給料を減らす」には2種類ある

減給の話がややこしく感じるのは、「給料から引く」ものに、性質のちがう2つが混ざっているからです。

社長の「1割カット」は、後者の「ペナルティ」です。働いた分の賃金を減らすことになるので、従業員の生活を守るために、法律で「ここまで」という線が引かれています。

上限は2つあって、両方を同時に守る必要があります。

減給の制裁の2つの上限を示す概念図。左は1日分を表す丸いケーキが半分だけ皿に載った絵で「1回ごと」、右は10個に区切られた給料の箱のうち1区画だけ色がついた絵で「月の合計」
減給の上限は「1回ごと(平均賃金1日分の半額)」と「月の合計(賃金総額の10分の1)」の2つ。両方を同時に守ります
上限中身月給30万円の人の目安
1回ごと1つの事案(1回の違反)に対する減給の額は、平均賃金の1日分の半額まで約4,891円
月の合計1回の賃金支払期(月給なら1か月)に減給する合計は、その期の賃金総額の10分の1まで30,000円

ここで迷いやすいのが「1回ごと」の意味です。これは1つの事案に対して、減給できるのは合計で平均賃金の半日分までという意味です。「1回の違反で、半日分ずつを3か月続ける」ことはできません。

具体例:月給30万円の人で計算してみる

では、実際の数字で追いかけてみます。

月給30万円(残業代なども含めて、3か月の賃金総額が90万円)。賃金は末締め・翌月払い。11月に、減給の制裁を本人に通知する。

ステップ1:平均賃金を出す

平均賃金は「直前の賃金締切日からさかのぼる3か月間の賃金総額 ÷ その期間の暦日数」で計算します。減給の制裁の場合、計算の基準になる日は制裁の意思表示が本人に届いた日です。

11月に通知したなら、直前の締切日は10月31日。さかのぼる3か月は8月・9月・10月で、暦日数は 31日+30日+31日=92日です。

ステップ2:「1回ごと」の上限を出す

1つの事案について減給できるのは、ここまでです。円未満の扱いは会社のルールによりますが、上限を超えないように切り捨てて4,891円にしておくと安心です。

ステップ3:「月の合計」の上限を出す

減給する月の賃金総額が30万円なら、

同じ月に別々の事案が重なって、それぞれに減給するとしても、合計はこの3万円までです。4,891円の減給なら、6件で29,346円、7件だと34,237円になって超えてしまいます。もし超える分が出たら、その分は次の賃金支払期に回す扱いになります。

注意したいのは、この「賃金総額」はその月に実際に支払う額だということです。欠勤が多くて支給額が25万円の月なら、月の合計の上限は25,000円に下がります。

社長の「1割カット」はどうなる?

社長の言った減給1回ごとの上限(約4,891円)結果
1回のミスで、今月だけ3万円カット超えているこのままではできない
1回のミスで、毎月1万円を3か月超えている(1つの事案で合計3万円)このままではできない
1回のミスで、4,891円を1回だけ範囲内上限の範囲

数字にしてみると、法律の上限は思っていたよりずっと小さい、と感じる方が多いと思います。ここは現場でもいちばん食い違いが起きやすいところです。社長に伝えるときは、「お気持ちは分かります。ただ、法律で1回あたり5,000円弱までと決まっていて」と、表を見せながら数字で話すと、角が立ちにくくなります。

迷いやすい3つのケース

遅刻1回で「30分カット」している

5分の遅刻で、30分ぶんの賃金を引くルールの会社があります。このとき、実際に遅れた5分ぶんはノーワーク・ノーペイなので問題ありません。でも、残りの25分ぶんは、働いた時間の賃金を引いていることになり、減給の制裁として扱われます。

月給30万円・月平均所定労働時間160時間なら、1時間あたり1,875円です。

1回ごとの上限(約4,891円)には収まっていますが、就業規則に制裁として定めていなければ、そもそも引けないお金です。遅刻の控除の計算は、別の記事でくわしく整理しています。

賞与から減給したい

賞与も賃金なので、賞与から減給の制裁をするときも第91条がかかります。このときの「月の合計」は、その賞与の支給額の10分の1までになります。「賞与をゼロにする」は、評価の結果として決まるならともかく、制裁として一律に減らすなら上限の確認が必要です。

出勤停止・降格とのちがい

どれも判断が分かれやすいところなので、迷ったら一度社労士に確認して大丈夫です。

就業規則にはどう書く?

減給の制裁をするには、就業規則に制裁の種類と程度を定めておくことが前提です(労働基準法第89条。制裁の定めをする場合の記載事項)。定めがなければ、上限の範囲内であっても減給はできません。

厚生労働省のモデル就業規則も参考にしながら、たとえば次のように定めます。

(懲戒の種類)
減給:始末書を提出させて減給する。ただし、減給は1回の額が平均賃金の1日分の5割を超えることはなく、また、総額が1賃金支払期における賃金総額の1割を超えることはない。

書くときのポイントは3つです。

影響:上限を超えたまま引いてしまうと

上限を超えた減給は、超えた部分が法律違反になり、その分の賃金は未払いとして扱われます。あとで本人から請求されれば返すことになりますし、労働基準監督署の調査で指摘されることもあります。

それ以上に大きいのは、処分そのものへの信頼が揺らぐことです。本人が「ミスは認めるけれど、この金額はおかしい」と感じれば、反省よりも不満が先に立ってしまいます。上限を守ることは、会社を守ることでもあり、処分を「受け止めてもらえるもの」にするための土台でもあります。

そして、減給の制裁は懲戒処分のひとつです。金額が上限内でも、事実確認・本人の言い分を聞く機会・処分の重さのバランスがそろっていないと、処分自体が無効と判断されることがあります。手順の全体は、懲戒処分の記事で整理しています。

明日やること(まずはここだけ)

今日は、全部を終わらせなくて大丈夫です。まずは、この3つだけ。

  1. 就業規則の「懲戒の種類」を開く:「減給」が定めてあるか、上限の文言が入っているかを確かめる。
  2. 対象の人の平均賃金を計算する:直前の締切日から3か月の賃金総額 ÷ 暦日数。その半分が「1回ごと」の上限です。
  3. 社長に数字で伝える:「1回ごとの上限は約◯円、月の合計は◯円まで」と、表にして見せる。

チェックリスト(コピーして使えます)

社長に「それはできません」と伝えるのは、勇気がいることですよね。でも、上限の数字を手元に持っているあなたは、社長を止める人ではなく、会社と従業員の両方を守る線を引ける人です。

明るい昼の事務所で、計算を終えたメモを手に、社長らしき年配の人物と穏やかに話し合い、うなずき合っている労務担当者
数字がそろえば、落ち着いて話せる。それが、ひとり労務のいちばんの味方です

減給の上限は、覚えてしまえば計算は数分で終わります。一度に全部を整えなくて大丈夫です。まずは就業規則の一行を確かめるところから、一緒に始めていきましょう。

よければ、こちらも

減給は懲戒処分のひとつなので、手順の全体は「懲戒処分の進め方|検討前に確認する手順と根拠」が土台になります。平均賃金の出し方をもっとくわしく見たいときは「休業手当の計算|平均賃金の出し方」、遅刻・欠勤の控除との区別は「欠勤・遅刻の控除の計算」と「労働時間の端数処理のルール」、賃金を引くときの原則は「賃金支払いの5原則」もあわせてどうぞ。処分の前提になる記録の残し方は「問題社員への指導記録の残し方」、規程を変えたときは「就業規則を変更したときの届出と周知の手順」で整理しています(記事一覧)。 人事・労務の実務のヒントは、メールでも受け取れます。よければ登録して、規程づくりやトラブル対応の段取りに役立ててください。


本記事は一般的な実務情報です。減給の制裁の可否・金額、懲戒処分の相当性は、就業規則の定めや個別の事情、裁判例によって判断が分かれます。最終的な判断は、社会保険労務士・弁護士、所轄の労働基準監督署など最新の公式情報でご確認ください。

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