
退職勧奨の進め方|「退職強要」にしない面談の手順と線引き
「あの人には、そろそろ辞めてもらう方向で話をしてほしいんだよね」——社長からそう言われた帰り道、どう切り出せばいいのか、言い方を間違えたら訴えられるんじゃないか、そもそも自分がやっていい役目なのか……と、気持ちが重くなる。ひとり労務の担当者なら、一度は通る場面かもしれません。
言いにくいことを伝える役目は、誰にとってもつらいものです。だからこそ、「どこまでが話し合いで、どこからが強要なのか」の線を先に知っておくと、少しだけ肩の力を抜いて準備できます。
先にお伝えしたいのは、退職勧奨そのものは違法ではないということ。大事なのは、最後に決めるのは本人だと、会社も本人もわかっている状態で話すことです。一緒に順番に整理していきましょう。
結論:退職勧奨は、会社が従業員に「退職を考えてもらえないか」とお願いし、本人が自由な意思で応じたときだけ合意退職になるものです。応じるかどうかは本人の自由で、断られたら会社は辞めさせることはできません。回数や時間が多すぎる、大勢で囲む、人格を否定する、断ったあとも何度も呼び出す——こうした進め方は、社会通念上相当な範囲を超えた「退職強要」として違法と判断されることがあります(最高裁 昭和55年7月10日判決など)。実務では「①理由と条件を準備 → ②1回30分〜1時間・2人までで面談 → ③その場で返事を求めず考える時間を渡す → ④応じたら合意書 → ⑤断られたら勧奨をやめて別の道を考える」の順で進めます。こじれそうなとき、妊娠・育休中の人などが対象のときは、面談の前に社会保険労務士・弁護士に相談しましょう。
進める順番は、これだけです。
- 準備:理由・条件・面談の段取りを紙にまとめる
- 面談:1回30分〜1時間、2人まで、落ち着いた場所で
- 考える時間:その場で返事を求めず、回答の期限を決める
- 応じたら:合意書を交わし、退職手続きへ
- 断られたら:勧奨をやめて、指導や配置など別の道を考える
何が起きているか:「解雇」と「退職勧奨」が混ざりやすい
社長の「辞めてもらって」という言葉には、じつは2つの違うものが混ざっていることがあります。
| 解雇 | 退職勧奨 | |
|---|---|---|
| 誰が決めるか | 会社が一方的に決める | 本人が応じるかどうかを決める |
| 法律のハードル | 客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性がないと無効(労働契約法 第16条)。原則30日前の予告など | 本人の自由な意思による合意であれば成立。強要になると違法 |
| 断られたら | — | 退職にはならない。雇用はそのまま続く |
解雇はハードルが高いので、「まずは話し合いで」と退職勧奨が選ばれることが多いのですが、ここで「合意をとる話し合い」のはずが「辞めさせるための説得」に変わってしまうと、トラブルの入口になります。解雇のルールは「解雇予告と解雇予告手当の基本」で整理しています。
また、退職勧奨の前に、注意・指導や配置の工夫をしてきたかも大切です。指導の記録がないまま勧奨に進むと、本人にとっては「突然のこと」に感じられ、話し合いがこじれやすくなります。指導の段階づくりは「問題社員への注意・指導と記録の残し方」が参考になります。
線引きの4つの視点:回数・時間・言葉・本人の意思
退職勧奨が違法な退職強要になるかどうかは、個別の事情を総合して判断されます。裁判例では、勧奨の回数や期間、1回の時間、同席した人数、言葉の内容、本人がはっきり断ったかどうかなどが見られてきました。現場で確かめやすいように4つに分けました。

| 視点 | 話し合いの範囲に近い | 退職強要と見られやすい |
|---|---|---|
| 回数・期間 | 理由と条件を伝える面談と、回答を聞く面談など、必要な回数だけ | 毎日のように呼び出す、何か月も繰り返す |
| 時間・人数・場所 | 1回30分〜1時間ほど。会社側は2人まで。落ち着いた会議室で | 何時間も続ける、大勢で囲む、出口をふさぐ・閉じ込める |
| 言葉 | 会社の事情と本人への評価を、事実で伝える | 「無能」「給料泥棒」など人格を否定する、「辞めないなら解雇だ」と根拠なく迫る |
| 本人の意思 | 考える時間を渡す。断られたら勧奨をやめる | はっきり断ったのに呼び出しを続ける、仕事を取り上げて追い込む |
いちばん大事なのは、4つ目の「本人の意思」です。本人が「辞めるつもりはありません」とはっきり断ったあとも説得を続けると、それだけで強要と見られやすくなります。
強要によって退職届を書かせた場合、あとから「強迫による意思表示だった」として退職の取消しを主張されたり(民法 第96条)、慰謝料を請求されたりすることがあります。また、本人の受け止め方によってはパワハラの相談につながることもあります。言葉の選び方は「パワハラと指導の線引き」も参考にしてください。
退職勧奨をしてはいけない場面もある
次のような理由での退職の働きかけは、法律で禁止された不利益な取扱いにあたります。
- 妊娠・出産・産休を理由に退職を促す(男女雇用機会均等法 第9条)
- 育児休業・介護休業の申出や取得を理由に退職を促す(育児・介護休業法 第10条)
ほかにも、労働組合への加入や、労働基準監督署への申告などを理由にした不利益な取扱いは禁止されています。対象の人がこうした状況にあるときは、勧奨の前に必ず専門家に相談しましょう。
具体例:面談を2つの進め方で比べてみる
製造部のDさんは、半年ほど前から作業ミスが続き、何度か指導してきたものの改善が見られません。社長は「本人のためにも、ほかの道を考えてもらったほうがいい」と考えています。
退職強要と見られやすい進め方 社長・工場長・課長の3人で、終業後に2時間。
「正直、もう君の居場所はないよ。辞めないなら解雇も考えてる。今日ここで退職届を書いてくれないかな」
→ 3人で長時間、根拠のない解雇をちらつかせて、その場で退職届を求めています。Dさんが翌日断っても「もう一度話そう」と毎日呼び出す——こうなると、強要と判断される可能性が高くなります。
話し合いの範囲に近い進め方 課長と労務担当の2人で、勤務時間内に会議室で40分。
「この半年で、検品ミスが5件ありました。そのたびに手順を一緒に見直してきましたが、会社としては、いまの仕事を続けてもらうのは難しいと考えています。そのうえで、退職を考えてもらえないかというご相談です。応じていただける場合は、退職金に3か月分を上乗せし、残っている有給休暇も使ってもらえるようにします。これは命令ではないので、断っていただいても構いません。今日は返事をしなくて大丈夫です。ご家族とも相談して、来週の金曜までに考えを聞かせてください」
→ 事実と理由を伝え、条件を示し、断ってよいことをはっきり言い、考える時間を渡しています。言いにくい内容でも、本人が自分で選べる形になっていれば、それは話し合いです。
面談のあとは、日時・場所・同席者・伝えた内容・本人の反応をその日のうちに記録しておきます。「言った・言わない」を防ぐだけでなく、会社が丁寧に進めたことの証にもなります。
影響:応じたとき・断られたときに起きること
応じてもらえたら:合意書と退職手続き
口約束で終わらせず、退職合意書を交わします。主に入れておきたいのは次の項目です。
- 退職日と、退職の理由(会社からの退職勧奨に応じた合意退職であること)
- 退職金・解決金の額と支払日
- 残っている有給休暇の扱い
- 貸与品の返却、守秘義務
- この合意書に書いたこと以外に、お互いに請求しあうものはないこと(清算条項)
退職届とあわせて、本人の署名をもらいます。合意書のひな形を使う場合も、内容は社会保険労務士・弁護士に一度見てもらうと安心です。退職届と退職願の違いは「退職届と退職願の違い」で整理しています。
離職理由は「会社都合」として扱う
ここは見落としやすいところです。退職勧奨に応じて退職した人は、雇用保険では特定受給資格者(いわゆる会社都合)として扱われます。離職証明書の離職理由は、退職勧奨による離職として正しく記載しましょう。「自己都合」と書いてしまうと、本人の失業給付に影響し、あとで食い違いのトラブルになります。
あわせて、雇用関係の助成金には、一定期間内に会社都合の離職者がいると対象外になる要件があるものがあります。助成金を受けている、または申請を考えている会社は、勧奨の前に要件を確認しておきましょう。退職後の手続きの流れは「退職手続きの流れ」にまとめています。
断られたら:勧奨をやめて、別の道を考える
断られたら、そこで勧奨はいったん終わりにします。そのうえで、指導を続ける、配置や仕事の内容を見直す、評価の場で改めて話すなど、雇用を続ける前提での道を考えます。どうしても解雇を検討せざるをえない場合も、それは退職勧奨とは別の手続きです。懲戒や解雇を考える前には「懲戒処分を検討する前に確認したい手順」を見ながら、専門家と一緒に判断しましょう。
明日やること(まずはここだけ)
- 社長と「断られたらどうするか」を先に話しておく:勧奨は断られることもある、という前提を共有しておくと、面談で無理に押し切る空気がなくなります。
- 面談メモの型を1枚つくる:理由(事実)・条件・回答期限・「断ってもよい」の一言を書いた紙を用意し、面談ではそれに沿って話します。
- 対象の人の状況を確認する:妊娠・産休・育休・介護休業の申出などがないか、助成金を受けていないかを、面談の前に確かめます。
3つ全部でなくても大丈夫です。「断られたらどうするか」を社長と話せただけでも、面談はずっと落ち着いたものになります。
チェックリスト(現場で回る最低ラインつき)
- 必須(最低ライン・優先順)
- 退職勧奨は本人の自由な意思で応じるもので、断ってもよいことを面談で伝えている
- 面談は1回30分〜1時間ほど、会社側は2人まで、勤務時間内に落ち着いた場所で行う
- その場で返事や退職届を求めず、回答の期限を決めて考える時間を渡している
- 人格を否定する言葉や、根拠のない「解雇」の言葉を使っていない
- 本人がはっきり断ったら、勧奨をやめている
- 妊娠・出産・育休・介護休業などを理由にした勧奨になっていない
- できれば(精度アップ)
- 勧奨の前に、指導や配置の工夫をしてきた記録がそろっている
- 退職金の上乗せ・有給休暇の扱いなど、応じる場合の条件を事前に決めている
- 面談ごとに日時・同席者・伝えた内容・本人の反応を記録している
- 応じた場合は退職合意書を交わし、清算条項を入れている
- 離職証明書の離職理由を退職勧奨による離職として正しく書いている
- 判断に迷うとき
- 本人が体調を崩している・休職中など、配慮が必要な状況ではないか確認した
- 受けている、または申請予定の助成金の要件を確認した
- 面談の前に、社会保険労務士・弁護士に相談した
- 間に合わないときの代替
- 面談の準備が間に合わない → 日程を延ばしてでも、理由と条件を紙にまとめてから行う
- 社長が強い言葉を使いそう → 労務が同席して進行役・記録係になる
- 社内で判断がつかない → 総合労働相談コーナーなど外部の相談先に聞く
よければ、こちらも
解雇との違いは「解雇予告と解雇予告手当の基本」、勧奨の前の指導は「問題社員への注意・指導と記録の残し方」、言葉の選び方は「パワハラと指導の線引き」にまとめています。応じてもらえたあとは「退職手続きの流れ」と「退職届と退職願の違い」、こじれそうなときは「労使トラブルの初動対応」もどうぞ(記事一覧、無料チェックリスト)。
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退職勧奨は、法律の言葉で見ると身構えてしまいます。でも現場で確かめることは、回数と時間は多すぎないか、言葉は人に向いていないか、最後に選ぶのは本人だと伝えているかの3つです。
言いにくいことを伝える役目を、ひとりで背負うのは本当に大変です。それでも、あなたが間に入って「断ってもいい」と伝えるだけで、相手は自分で選べる人として扱われます。今日は社長と「断られたらどうするか」を5分話すだけで十分。その丁寧さが、去る人にも残る人にも、この会社を信じられる理由になります。
本記事は一般的な実務情報です。退職勧奨が違法な退職強要に当たるかどうかは、勧奨の回数・期間・態様や当事者の状況など個別の事情によって判断が分かれます。雇用保険の離職理由や助成金の要件は、最新の公式情報をご確認ください。対応方針を決める前には、社会保険労務士・弁護士、都道府県労働局の総合労働相談コーナーなどにご相談ください。