事務所の机で、食い違う二つの聴き取り記録を左右に並べ、どう判断すればいいか静かに考え込んでいる中小企業のひとり労務担当者

ハラスメント調査で事実が確定できないとき|判断と再発防止の進め方

相談者の話も、行為者とされる人の話も、最後まで聴いた。目撃した人にも確認した。それでも「言った」「言っていない」が食い違ったまま、どちらとも決められない――。 ハラスメントの調査を進めたひとり労務が、いちばん重い気持ちになるのがこの場面かもしれません。「確認できませんでした」と伝えたら、相談者は「やっぱり会社は守ってくれない」と感じるのでは。かといって、確かめられないまま行為者とされる人を処分するわけにもいかない。板ばさみですよね。

まずお伝えしたいのは、事実が確定できないことは、調査の失敗ではないということです。密室での一言、記録の残らない口頭のやりとり。そもそも白黒がつきにくい事案は、どの会社でも起こります。大事なのは、確定できなかったあとに何を言葉にし、誰に何を伝え、職場に何を残すか。ここを丁寧に進めれば、「確認できなかった」は「何もしなかった」にはなりません。 この記事では、事実が確定できないときの判断の整理と、その後の進め方を、ひとり労務の目線で一緒に見ていきます。

結論:事実が確定できないときは、①集めた材料(客観的な記録・供述の具体性や一貫性・第三者の話)で認定できること/できないことを分けて整理し、②結論は「ハラスメントはなかった」ではなく「この調査では確認できなかった」と正確に言葉にします。そのうえで、③相談者・行為者とされる人の双方に結果を伝え、不利益な取扱いをしないこと・報復を許さないことを改めて約束し、④再発防止の取り組み(方針の再周知・研修など)は、事実が確認できなかった場合でも行います(パワハラ等の防止指針でも、確認できなかった場合に同様の措置を講ずることが示されています)。⑤新しい事実が出たら再調査する扉を開けておき、会社だけで判断が難しいときは、都道府県労働局の調停など中立な第三者の仕組みも使えます。処分の判断や認定に迷う事案は、社会保険労務士・弁護士に早めに相談しましょう。

進め方は、次の順番だと落ち着いて動けます。

  1. 集めた材料を「客観的な記録/供述/第三者の話」に分けて並べ直す
  2. 言い分の中で「一致している部分」と「食い違っている部分」を切り分ける
  3. 結論を「認定できた/一部認定できた/確認できなかった」のどれかで、理由とともに記録する
  4. 相談者・行為者とされる人に、結果と今後の約束を個別に伝える
  5. 再発防止の取り組みと、一定期間後のフォローを予定に入れる

何が起きているか:「確定できない」は、ハラスメント調査ではよくあること

調査で集めた材料を、客観的な記録・当事者の供述・第三者の話の3つの箱に分けて並べ直している手順図
まずは材料を3つに分けて並べ直す。「一致している部分」が見えてくると、判断の足場ができる

ハラスメントの多くは、二人きりの場や、記録の残らない口頭のやりとりの中で起こります。しかも当事者の記憶は、時間とともに変わりますし、同じ出来事でも受け止め方は人によって違います。だから、丁寧に調べても「どちらとも言えない」部分が残るのは、むしろ自然なことです。あなたの聴き方が足りなかったからではありません。

ここで押さえておきたいのは、会社が行う調査は裁判ではないということです。会社の役目は、真実を100%突きとめることではなく、集められた材料から、合理的に言えることと言えないことを分けて、職場として必要な対応をとること。そう考えると、「確定できない」という結果も、ひとつのきちんとした結論として扱えます。

もうひとつ大切なのが、事業主に求められる措置との関係です。厚生労働省のハラスメント防止の指針では、事実関係が確認できた場合の被害者への配慮や行為者への措置とは別に、再発防止に向けた措置(方針の周知・啓発など)は、事実が確認できなかった場合にも講ずることが示されています。また、事実関係の確認が難しい場合に、調停など中立な第三者機関に紛争の処理を委ねる方法も例として挙げられています。つまり「確認できなかったから、ここで終わり」ではなく、確認できなかったなりにやることがある、というのが指針の考え方です。

具体的な進め方:材料を分けて、言葉を選んで、伝えて、残す

(1)材料を3つに分けて並べ直す

聴き取りが終わったら、まず手元の材料を、客観的な記録(メール・チャット・業務日誌・勤怠記録・録音など)、当事者の供述、第三者の話の3つに分けて並べ直します。そのうえで、両者の言い分を時系列に並べ、一致している部分と食い違っている部分に色を分けてみてください。

意外と多いのが、「その日に会議室で二人きりで話した」「強い口調になった場面があった」など、出来事の大枠は双方が認めていて、食い違っているのは中身や受け止め方だけ、というケースです。一致している部分は、それだけでも判断の足場になります。

(2)判断の目安を、ぶれない順番で当てる

食い違っている部分は、一般に次のような観点で、どちらの話がより確からしいかを見ていきます。

この観点を当てても決め手がない部分は、無理に片方に寄せず「確認できなかった」とするのが誠実な判断です。どちらかの肩を持ちたくなる気持ちが出てきたら、いったん記録に戻りましょう。

(3)結論を「3つの形」のどれかで、理由とともに記録する

結論は、次のどれかで整理するとぶれにくくなります。

記録には、結論だけでなく、どの材料から、なぜそう判断したかを書き残します。「確認できなかった」の場合も、「双方の供述が食い違い、客観的な記録・第三者の話のいずれからも裏づけが得られなかった」のように、理由を具体的に。ここで気をつけたいのは、「ハラスメントはなかった」とは書かないことです。「なかった」と「確認できなかった」は、まったく違う結論です。

なお、事実が確定できないまま懲戒処分を行うことは避けます。懲戒は、就業規則の根拠と、処分の理由となる事実の認定が前提だからです。「一部認定できた」不適切な言動については、懲戒ではなく、業務上の注意・指導として本人に伝える方法があります。

(4)相談者に伝える:結果と「これからも相談していい」

相談者には、個別に、落ち着いた場で伝えます。

「確認できなかった」と伝えるのは、相談者にとってつらい知らせです。だからこそ、結論より先に、話してくれたことへのお礼を伝えてください。そして、配慮の措置は相談者の意向を聞きながら、どちらか一方が処分を受けたように見えない形で検討します。

(5)行為者とされる人に伝える:結果と「これからの約束」

行為者とされる人にも、結果を伝えます。「確認できなかった」ことは、そのまま正直に伝えてかまいません。そのうえで、

を伝えます。「疑いが晴れた」と受け止めて、相談者を探そうとする動きが出ないよう、ここははっきりと伝えたいところです。

(6)再発防止とフォローを予定に入れる

最後に、職場全体への取り組みです。特定の事案を連想させない形で、ハラスメントを許さない方針の再周知、管理職向けの短い研修、相談窓口の案内のし直しなどを行います。そして、1〜3か月後などに相談者へのフォロー面談を予定に入れておくと、状況の変化に早く気づけます。

影響:「なかった」で閉じると、次の相談が来なくなる

確定できなかった事案の終わらせ方は、その後の職場に長く影響します。

逆にいえば、「言葉を正確に選ぶ・双方に伝える・再発防止を行う・扉を開けておく」の4つを押さえれば、確定できない事案でも、職場の信頼は守れます。会社だけで抱えきれないと感じたら、都道府県労働局の紛争解決援助や調停、社会保険労務士・弁護士の力を借りて大丈夫です。

明日やること(まずはここだけ)

手元に、白黒のつかない事案を抱えているなら、今日はここだけで十分です。

  1. 材料を3つに分ける:記録・供述・第三者の話を、紙でもファイルでもいいので分けて並べ直す。
  2. 一致している部分に印をつける:双方が認めている出来事を書き出す。それだけで判断の足場が見えてきます。
  3. 結論の言葉を確かめる:報告書の下書きに「なかった」と書いていないか見直し、「確認できなかった」と理由を書く形に整える。

この3つができたら、伝え方と再発防止は、そのあとで一つずつ考えれば間に合います。

チェックリスト(コピーして使えます)

確定できない事案を締めくくるときの確認項目です。「分ける・言葉を選ぶ・伝える・残す」の4つに沿っています。

判断を整理する

結論を言葉にする

伝える・残す

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この記事は、ハラスメント対応の流れの「調査のあと」にあたります。その手前の聴き取りの進め方は「ハラスメント相談後の事実確認・ヒアリングの進め方」に、相談を受けた直後の動き方は「ハラスメント相談を受けたときの初期対応と記録」にまとめています。事業主として整える体制の全体像は「パワハラ防止措置でやること」で、事実が認定できて処分を考える段階は「懲戒処分を検討する前に確認したい手順と根拠」で整理しています。「一部認定できた」言動を指導として伝えるときは、「パワハラと指導の線引き」もあわせて読んでみてください(記事一覧)。 人事・労務の実務のヒントは、メールでも受け取れます。よければ登録して、いざというときの備えに役立ててください。

朝の事務所で、整理を終えた記録ファイルを棚にしまい、窓の光を浴びながら穏やかに前を向くひとり労務担当者
白黒がつかなくても、できることはある。言葉を選び、伝え、扉を開けておけば十分です

白黒がつかない事案を締めくくるのは、本当に気の重い仕事です。でも、確定できなかったことは、あなたが手を抜いた証拠ではありません。材料を分けて、言葉を正確に選んで、双方に伝えて、再発防止と再相談の扉を残す。そこまでできれば、職場は「相談しても大丈夫な場所」であり続けられます。今日はまず、材料を3つに分けるところから始めてみましょう。


本記事は一般的な実務情報です。ハラスメントの事実認定や、事実が確認できなかった場合の対応・処分の判断は、個別の事情や指針の見直しによって変わります。最終的な判断は、厚生労働省・都道府県労働局の公式情報や、社会保険労務士・弁護士など専門家にご確認ください。