夕方の事務所で、管理職から「部下への注意がパワハラにならないか」と相談を受け、ノートを開いて一緒に考えている中小企業のひとり労務担当者

パワハラと指導の線引き|「これって言いすぎ?」を3つの視点で整理

「最近の子って、ちょっと強く言うとすぐパワハラって言うでしょう。もう何も注意できないよ」——課長からそうこぼされた次の週に、今度は若手から「〇〇さんの叱り方がつらい」と相談が来る。ひとり労務の担当者は、指導する側と受ける側、両方の声を聞く立場になりがちです。

どちらの気持ちも分かるからこそ、「これはパワハラなのか、必要な指導なのか」の線がはっきりしないと、どちらにも答えられなくて苦しくなりますよね。

先にお伝えしたいのは、線引きは「どれだけ厳しいか」ではなく、「何のために・どう伝えたか・どれくらい続いたか」で考えるということ。この見方を持っておくと、管理職への助言も、相談への受け止め方も、ぐっと落ち着いてできるようになります。一緒に整理していきましょう。

結論:職場のパワハラは、①優越的な関係を背景とした言動で、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたもので、③働く環境が害されるもの——の3つをすべて満たすものです。逆にいえば、業務上必要で、相当な範囲で行われる適正な指導はパワハラに当たりません。迷ったときは、目的(仕事の改善のためか)・伝え方(人格ではなく行動に向けているか、人前・大声・長時間になっていないか)・頻度(必要以上に繰り返していないか)の3つの視点で見直します。管理職には「行動を具体的に指摘し、1対1で、短く、改善策とセットで伝える」ことをすすめると、指導をためらわずにすみます。個別の判断に迷う相談は、記録をそろえたうえで社会保険労務士などに確認しましょう。

見直す順番は、これだけです。

  1. 目的:その言動は、仕事の改善のためか
  2. 伝え方:行動に向けているか。人前・大声・長時間になっていないか
  3. 頻度:必要以上に繰り返していないか

何が起きているか:「叱れない」と「叱りすぎ」が同時に起きる

パワハラ防止措置は、中小企業も2022年4月から義務になっています(労働施策総合推進法 第30条の2)。研修や周知が進んだ一方で、現場ではこんな声が出やすくなりました。

ここで押さえておきたいのが、厚生労働省の指針(令和2年厚生労働省告示第5号、いわゆる「パワハラ指針」)の考え方です。指針は、客観的にみて業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導は、パワハラに当たらないとはっきり書いています。

そして「相当な範囲を超えたかどうか」は、言動の目的、そこに至った経緯や状況(相手の問題行動の有無や内容・程度も含む)、業務の内容や性質、言動の態様・頻度・継続性、相手の心身の状況、行為者との関係などを総合的に見て判断するとされています。つまり、「この言葉を使ったらアウト」という単純な表ではなく、場面ごとに見るものなのです。

だからこそ、現場で使える「見方の型」を持っておくと助かります。

線引きの3つの視点:目的・伝え方・頻度

指針の考え方を、現場で確かめやすいように3つに分けました。

左側に会議スペースで上司が部下と1対1で書類を指しながら落ち着いて話す場面と「適正な指導」のラベル、右側に大勢の同僚の前で上司が立って大声で叱り部下がうつむく場面と「パワハラ」のラベルを並べた比較図
同じ「注意」でも、目的・伝え方・頻度で受け取られ方は大きく変わります
視点適正な指導に近い相当な範囲を超えやすい
目的ミスの再発防止、ルールを守ってもらう、仕事の質を上げる怒りをぶつける、見せしめ、辞めさせたい気持ちから
伝え方行動や結果を具体的に指摘する。1対1で、落ち着いた声で人格・能力を否定する(「だからお前はダメなんだ」)。人前で大声、威圧する
頻度・時間必要なときに、短く。改善したら終わる何時間も続く、毎日のように繰り返す、過去の失敗を蒸し返す

ポイントは、厳しさそのものより「向かう先」です。指針でも、遅刻などのルール違反を再三注意しても改善しない人や、重大な問題行動をした人に「一定程度強く注意をすること」は、パワハラに当たらない例として挙げられています。一方で、必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返すことや、他の労働者の前で大声で威圧的に叱責を繰り返すことは、当たりうる例です。

6つの類型ごとの「当たらない例」も知っておく

指針は、パワハラの代表的な言動を6つの類型に分け、それぞれに「当たりうる例」と「当たらない例」を示しています。指導の場面で迷いやすいものを抜き出しました。

類型当たりうる例当たらない例
精神的な攻撃人格を否定する言動、長時間の厳しい叱責の繰り返しルール違反を再三注意しても改善しない人への、一定程度強い注意
過大な要求新人に必要な教育をせず、到底できない目標を課し、できないと厳しく叱る育成のために、今より少し高いレベルの仕事を任せる
過小な要求気に入らない人に仕事を与えない能力に応じて、一定程度仕事の内容や量を軽くする
人間関係からの切り離し意に沿わない人を別室に隔離する、集団で無視する新人の育成のため、短期間集中的に別室で研修をする

残りの2つ(身体的な攻撃・個の侵害)も含めた全体像と、会社としての防止措置は「パワハラ防止措置でやること」で整理しています。

具体例:同じ注意を、2つの伝え方で比べてみる

営業事務のCさんが、見積書の金額を2週続けて間違えて送ってしまった場面です。上司の伝え方を2通り並べてみます。

相当な範囲を超えやすい伝え方 朝礼のあと、ほかの社員がいる前で。

「何回言わせるの? こんな簡単なこともできないなら、この仕事向いてないよ。だいたい君は前から——」

→ 人前で、能力・人格に向けた言葉で、過去の話まで広げて長く続いています。目的は再発防止のはずでも、伝わるのは「責められた」ということだけになりがちです。

適正な指導に近い伝え方 会議スペースで、1対1で、10分ほど。

「先週と今週、見積書の金額が違ったまま送られていたので、一緒に原因を見たいです。どこで数字がずれたか、心当たりはありますか?……転記のときですね。じゃあ送る前に、元の表と金額を指差しで照らし合わせる手順を足してみましょう。来週の金曜に、もう一度うまくいっているか確認させてください」

→ 事実(いつ・何が)を具体的に伝え、理由を聞き、改善策を一緒に決め、確認の日を決めて終わっています。厳しさを手放したわけではなく、「次から間違えない」という目的にまっすぐ向かっているのが分かります。

管理職から「どう言えばいいか分からない」と相談されたら、この2つを見せて、「主語を『あなた』から『このやり方』に変える」と伝えると、言い換えのコツがつかみやすくなります。指導の段階や記録の残し方は「問題社員への注意・指導と記録の残し方」にまとめています。

影響:線引きの見方があると、両方を守れる

この「3つの視点」を社内で共有しておくと、こんな変化が期待できます。

なお、ここで整理したのはあくまで「見方」です。実際に起きた事案がパワハラに当たるかどうかは、個別の事情で判断が分かれます。処分などを考える段階では、事実確認の記録をそろえてから、社会保険労務士・弁護士に相談しましょう。

明日やること(まずはここだけ)

  1. 管理職に「3つの視点」を1枚で渡す:「目的・伝え方・頻度」の表だけで十分です。朝礼や会議の5分で共有できます。
  2. 「主語を『あなた』から『このやり方』へ」の一言を伝える:言い換えの例を1つ添えると、明日からの注意がやわらかく、具体的になります。
  3. 相談を受けたときのメモ欄に「目的・伝え方・頻度」を足す:聞き取りのたびに、この3つを事実として書き留めておきます。

3つのうち、1つだけでも大丈夫です。表を1枚渡せたら、それだけで職場の「叱り方」は少し変わり始めます。

チェックリスト(現場で回る最低ラインつき)

よければ、こちらも

会社としての防止措置の全体像は「パワハラ防止措置でやること」、相談窓口の作り方は「ハラスメント相談窓口の設置と運用の基本」にまとめています。相談を受けたあとは「ハラスメント相談を受けたときの初期対応と記録」と「事実確認・ヒアリングの進め方」、指導の段階づくりは「問題社員への注意・指導と記録の残し方」が参考になります。こじれそうなときは「労使トラブルの初動対応」もどうぞ(記事一覧、無料チェックリスト)。

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明るい会議スペースで、上司と部下が書類を前に穏やかに話し合い、部下が納得したように笑顔でうなずいている様子
叱ることを怖がらなくていい。向かう先を「人」から「やり方」へ

パワハラと指導の線引きは、法律の言葉だけで見ると難しく感じます。でも現場で確かめることは、何のために、どう伝えて、どれくらい続いたかの3つだけです。

叱ることを怖がらなくていいし、叱られる人が我慢しなくてもいい。その両方を支えるのが、ひとり労務の大事な役目です。今日は、管理職に表を1枚渡すだけで十分。指導する人と受ける人、両方の声を聞いているあなたの仕事が、言いにくいことを言い合える職場をつくっています。


本記事は一般的な実務情報です。特定の言動がパワーハラスメントに当たるかどうかは、言動の目的・経緯・態様・頻度・当事者の関係など個別の事情によって判断が分かれます。処分や対応方針を決める前には、社会保険労務士・弁護士、都道府県労働局の総合労働相談コーナーなど最新の公式情報でご確認ください。