
最低賃金の改定対応|10月に慌てない時給の点検手順
「今年も最低賃金、上がりそうですね」。 夏の終わりごろ、そんな話をどこかで耳にすると、ひとり労務としては少し身構えますよね。パートやアルバイトの多い職場なら、なおさらです。誰の時給が新しい金額を下回らないか、月給の人は大丈夫か、10月の発効までに何を直せばいいのか——考えることが一度に押し寄せてくる気がします。
でも、やることの骨組みはとてもシンプルです。「自社のある都道府県の新しい最低賃金額を確認する」→「一人ずつ時給に換算して比べる」→「下回る人がいれば10月までに直す」。この3ステップだけ。派手さはないけれど、従業員の生活を守る、確かな一手です。この記事では、最低賃金の決まり方から、月給の人を時給換算して比べる方法、比べるときに入れない手当まで、慌てないように順番に見ていきましょう。
結論:地域別最低賃金は都道府県ごとに定められ、パートも正社員も含むすべての労働者に適用されます。金額は毎年見直され、例年10月に発効します(発効日は都道府県で数日ずれます)。ひとり労務がやることは、①自社の事業所がある都道府県の新しい額と発効日を確認する、②全従業員を時給に換算して新しい額と比べる(時給の人はそのまま、月給の人は「月給 ÷ 1か月平均所定労働時間」で換算。ただし通勤手当・家族手当・精皆勤手当・残業や休日・深夜の割増賃金・賞与などは入れない)、③下回る人・ギリギリの人がいれば、発効日までに賃金と契約書・給与ソフトを更新する、の3つです。まずは「自社の県は今いくらか」を1回調べるところから始めれば大丈夫です。具体的な金額は毎年変わるので、厚生労働省・都道府県労働局の最新の公示で必ず確認してください。
進めるときは、次の順番だと迷いにくくなります。
- 事業所のある都道府県の新しい最低賃金額と発効日を、厚生労働省のサイトで確認する
- 全従業員の時給(月給の人は時給換算)を出して、新しい額と一人ずつ比べる
- 下回る人・ギリギリの人をリストにして、発効日までに賃金・契約・給与ソフトを直す
何が起きているか:最低賃金は毎年秋に見直される

最低賃金は、最低賃金法にもとづいて「これより低い賃金で働かせてはいけない」という下限を定めた仕組みです。よく使うのは地域別最低賃金で、これは都道府県ごとに決められ、その地域で働くすべての労働者(正社員・パート・アルバイト・嘱託など雇用形態を問わず)に適用されます。
地域別最低賃金(ちいきべつさいていちんぎん)とは:都道府県ごとに時間額(時給)で定められた、賃金の最低ライン。産業や職種にかかわらず、その都道府県で働く人みんなに適用されます。このほかに、特定の産業について定められた特定(産業別)最低賃金があり、両方が適用される人には高いほうが適用されます。まずは自社に関係する地域別を押さえておけば大丈夫です。
改定のスケジュールは、毎年だいたい決まっています。夏(例年7月末〜8月ごろ)に国の中央最低賃金審議会が引上げ額の「目安」を示し、それを受けて各都道府県の審議会が地域の実情を踏まえて答申、都道府県労働局が金額を公示して、10月に新しい額が発効します。近年は毎年、大きめの引き上げが続く傾向にあり、「去年と同じだろう」と思っていると差が開いていることもあります。具体的な金額と自社の県の発効日は、その年ごとに厚生労働省・都道府県労働局の最新の公示で確認するのが確実です。ここは金額を暗記するより、「毎年秋に必ず見直す作業がある」と手帳に書いておくのがいちばん役に立ちます。
具体例:月給の人は「時給」に直して比べる
時給で働く人は、その時給を新しい最低賃金額とそのまま比べればOKです。迷いやすいのは、月給の人をどう比べるか。月給のままでは最低賃金(時間額)と比べられないので、いったん時給に換算します。
- 時給換算額 = 比べる対象の月給 ÷ 1か月平均所定労働時間
- 1か月平均所定労働時間 =(年間の所定労働日数 × 1日の所定労働時間)÷ 12
たとえば、年間所定労働日数が240日、1日の所定労働時間が8時間の会社なら、1か月平均所定労働時間は(240 × 8)÷ 12 = 160時間です。この人の「比べる対象の月給」が20万円なら、20万円 ÷ 160時間 = 1,250円が時給換算額。これを、その県の新しい最低賃金額と比べます。
ここでいちばん間違えやすいのが、「比べる対象の月給」に何を入れるかです。月給の全額をそのまま割ってはいけません。次の手当などは、最低賃金と比べるときの金額に入れません(除外します)。
- 通勤手当
- 家族手当(扶養手当)
- 精皆勤手当
- 時間外・休日・深夜労働に対する割増賃金(残業代など)
- 臨時に支払われる賃金(結婚手当など)
- 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与など)
なぜ除くのか、をイメージでつかむと迷いません。最低賃金は「毎月きまって、その所定労働時間の働きに対して支払われる賃金」が下限を満たしているかを見る仕組みです。だから、通勤の実費や家族の人数で変わる手当、残業したときだけ増える割増、年に数回の賞与などは、いったん外して比べます。割増賃金の考え方は「残業代の割増率|時間外・休日・深夜の計算をやさしく整理」も参考になります。基本給と、上に挙げたもの以外の毎月の手当だけで、最低賃金を満たしているかを確認する、と覚えておくと安心です。
派遣で働いてもらっている人がいる場合は、少し注意が必要です。派遣労働者には、派遣元ではなく「派遣先」の事業所がある都道府県の最低賃金が適用されます。他県の会社へ派遣しているときは、その地域の額で確認しましょう。
影響:下回っていたら、発効日から差額の支払いが必要
新しい最低賃金額を下回る賃金で働かせてしまうと、その部分の合意は無効となり、法律上は最低賃金額で契約したものとして扱われます。つまり、下回っていた分はさかのぼって差額を支払う必要が出てきます。10月の発効日をうっかり過ぎてしまうと、後から精算する手間が増えてしまうので、発効日より前に手を打っておくのが、結局いちばんラクです。
見落としやすいのが、時給者だけでなく月給者や、固定残業代・各種手当で調整している人です。基本給を時給換算すると、意外と最低賃金ぎりぎり、ということもあります。固定残業代を含めて「一見足りているように見える」ケースは特に注意で、割増賃金部分は比べる金額から除くため、基本給だけで足りているかを見る必要があります。この考え方は「固定残業代(みなし残業)の落とし穴|有効になる3つの条件」とあわせて確認すると、つまずきにくくなります。
もうひとつ、発効日をまたぐ月の扱いです。新しい最低賃金は発効日以降の労働に適用されるので、たとえば10月1日発効なら、9月分は旧額、10月分から新額、というのが基本です。給与ソフトの時給マスタを、発効日に合わせて更新するのを忘れないようにしましょう。時給を上げたら、労働条件通知書や雇用契約書の賃金額も実態に合わせて更新しておくと、あとで齟齬が出ません。給与計算そのものの流れを見直したいときは「給与計算の基本の流れ|総支給から差引支給までを順番に整理」もどうぞ。
明日やること(まずはここだけ)
一度に全員分を完璧に、と気負わなくて大丈夫です。今日は準備だけでも十分前進です。
- 自社の事業所がある都道府県の最低賃金額と発効日を確認する:厚生労働省の「地域別最低賃金の全国一覧」で、今の額(と、公表されていれば今年の改定額・発効日)をメモする。複数の県に事業所があれば、県ごとに控える。
- 時給がいちばん低い層から、時給換算額を出す:パート・アルバイトなど時給者と、基本給が低めの月給者をリストにし、月給者は「月給(除外する手当を抜いた額)÷ 1か月平均所定労働時間」で時給に直す。
- 新しい額を下回る人・差が小さい人に印をつける:発効日までに、いくら上げれば足りるかをメモし、賃金改定・契約書更新・給与ソフトのマスタ変更の段取りを決める。
この3つだけでも、10月に慌てずに済む見通しが立ちます。年間の手続きの中での位置づけを確かめたいときは「ひとり労務の年間スケジュール|提出物と期限の早見チェックリスト」もあわせてどうぞ。
チェックリスト(コピーして使えます)
最低賃金の改定対応でつまずかないための確認項目です。
- 事業所のある都道府県の最新の最低賃金額を確認したか
- 今年の改定額・発効日(公表され次第)を控えたか
- 時給者の時給が、新しい額以上か確認したか
- 月給者を「月給 ÷ 1か月平均所定労働時間」で時給換算して比べたか
- 比べる金額から、通勤手当・家族手当・精皆勤手当・割増賃金・賞与を除いたか
- 固定残業代を除いた基本給部分だけで足りているか確認したか
- 派遣で受け入れている人は、自社(派遣先)所在地の額で確認したか
- 下回る人について、発効日までの賃金改定の段取りを決めたか
- 給与ソフトの時給マスタを発効日に合わせて更新する予定を入れたか
- 時給を上げた人の労働条件通知書・雇用契約書を更新したか
よければ、こちらも
最低賃金の点検は、毎月の給与計算と地続きです。全体の流れは「給与計算の基本の流れ|総支給から差引支給までを順番に整理」で、割増賃金の考え方は「残業代の割増率|時間外・休日・深夜の計算をやさしく整理」で確認できます。固定残業代で調整している職場は「固定残業代(みなし残業)の落とし穴|有効になる3つの条件」もあわせて読むと、基本給が最低賃金を満たしているかの確認がしやすくなります。1年の手続きを見渡したいときは「ひとり労務の年間スケジュール|提出物と期限の早見チェックリスト」もどうぞ(記事一覧)。 人事・労務の実務のヒントは、メールでも受け取れます。よければ登録して、日々の手続きの段取りに役立ててください。

最低賃金の改定は、毎年必ずやってくる、静かで地味な仕事です。でも、この点検があるから、あなたの会社で働く人たちは、法律で守られたラインの上で安心して働けます。今日、自社の県の額を1回調べて、時給がいちばん低い人から順に見ていく——それだけで、10月に慌てる自分をひとり減らしています。一度に全員を完璧にしようとしなくて大丈夫。毎年この時期に一度立ち止まって確かめる、その習慣そのものが、働く人の生活を静かに支えています。
本記事は一般的な実務情報です。最低賃金の金額・発効日・適用範囲や除外賃金の取扱いは、年度や地域、個別の事情によって変わります。具体的な金額・発効日は厚生労働省や都道府県労働局の最新の公示でご確認のうえ、判断に迷う場合は社会保険労務士・所轄の労働基準監督署など公式の窓口にご相談ください。