
労働時間に含まれる時間|着替え・手待ち・研修・移動をやさしく整理
「作業服に着替える10分って、労働時間に入れるんだろうか」。 現場から上がってきた日報を見ながら、ふと手が止まる。昼の電話当番、土曜の研修、事務所から現場までの移動。どれも「働いている」とも言えるし、「まだ仕事じゃない」とも言える気がする。誰かに聞ければいいのに、労務は自分ひとり。結局あいまいなまま、いつもどおりに締めてしまう――そんな夕方を、過ごしたことはありませんか。
まずお伝えしたいのは、この判断にはちゃんとした物差しがあるということです。しかもその物差しは、たったひとつ。「会社の指揮命令下に置かれていたか」。ここに戻れば、たいていの場面は判断できます。 この記事では、その物差しの使い方と、迷いやすい4つの場面(着替え・手待ち・研修・移動)を、ひとり労務の目線で一つずつ整理していきます。
結論:ある時間が労働時間に当たるかどうかは、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間か」で決まります(最高裁 三菱重工業長崎造船所事件・平成12年3月9日判決)。ここで大事なのは、これが客観的に定まるということ。つまり「うちは着替えは労働時間に入れない決まりです」と就業規則に書いても、実態が指揮命令下にあれば労働時間になります。逆に、本人が勝手に早く来て過ごしていた時間まで数える必要はありません。判断の手がかりは3つ――①指示(会社の指示・義務付けがあるか。やらないと不利益があるか)、②拘束(場所ややり方が縛られているか)、③解放(労働から解放され、自由に過ごせていたか)。厚生労働省のガイドラインも、⑴着用を義務付けられた服装への着替えなどの準備・後始末、⑵すぐ対応を求められ労働から離れられない手待ち時間、⑶参加が業務上義務づけられている研修・教育訓練を、労働時間の例として挙げています。移動時間は、通勤に当たる部分は原則として労働時間ではありません。
見るときは、次の順番だと迷いにくくなります。
- その時間について、会社の指示や義務付けがあるかを確認する
- 場所ややり方が縛られているか(事業場内で行うことを求めているか等)を見る
- その時間、自由に過ごせていたかを確認する
何が起きているか:労働時間は「決めるもの」ではなく「当てはまるもの」

ここがいちばん大事なところなので、先に一度だけ立ち止まらせてください。
労働時間かどうかは、会社と本人が話し合って決められるものではありません。実態を見て、当てはまるかどうかが客観的に定まります。最高裁は、作業服や保護具の着脱について「使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できるかどうかにより客観的に定まるものであって、労働契約や就業規則の定めによって決定されるものではない」という考え方を示しました。
これは、担当者にとっては実はありがたい話でもあります。なぜなら、判断の基準が自分たちの外にあるからです。「社長がこう言っているから」と板挟みになったとき、「ルールがこうなっているんです」と説明できる拠りどころになります。
そのうえで、厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」は、労働時間に当たる時間の例として、次の3つを挙げています。
- 準備・後始末…使用者の指示により、業務に必要な準備行為(着用を義務付けられた所定の服装への着替え等)や、業務終了後の後始末(清掃等)を事業場内で行った時間
- 手待ち時間…使用者の指示があれば即時に業務に従事することを求められており、労働から離れることが保障されていない状態で待機している時間
- 研修・教育訓練…参加することが業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講や、使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間
3つとも、共通しているのは「会社の指示があり、自由ではない」という点です。物差しは、やっぱりひとつなんですね。
具体例:迷いやすい4つの場面を、そのまま通してみる
【①着替え・準備・片づけ】
- 保護具や指定の作業服の着用が義務付けられ、それを事業場内の更衣室で行うことを求めている → 準備行為として労働時間。
- 自宅から着てきてもよく、着替える場所も本人の自由な制服 → 通常は労働時間ではない。
- 朝礼・清掃・機械の立ち上げ・レジ点検なども同じ見方です。参加や実施が義務なら労働時間、完全な任意なら違います。
- 迷ったときの一問:「その人がやらずに帰ったら、注意されますか?」――はい、なら指示があるということです。
【②手待ち時間(待っている時間)】
- 昼休みの電話当番・店番、来客待ち、荷待ち、開店前の待機 → すぐ対応を求められていて自由に過ごせないなら、手は動いていなくても労働時間。
- ポイントは「忙しかったかどうか」ではなく、労働から解放されていたか。1件も電話が鳴らなくても、待つことを求められていれば労働時間です。
- 対応策:当番の人には別の時間帯に休憩をずらして与えるか、交替制にして「自分の番のときは完全に手を離せる」状態をつくります。
【③研修・教育訓練】
- 業務命令で参加が義務、または欠席すると不利益がある(後日の再受講が必須、評価に響く等) → 労働時間。
- 案内はするが完全に自由参加で、出なくても何も起きない → 労働時間ではない。
- 資格取得のための自主的な勉強 → 原則として労働時間ではありません。ただし会社が受講や取得を指示しているなら、労働時間として見ることになります。
- 見落としやすいのは、休日に行う研修です。参加が義務なら、その日は労働日として扱うことになり、法定休日に行えば休日労働の割増の話にもつながります。
【④移動時間】
- 通勤時間(自宅と事業場の往復) → 原則として労働時間ではありません。
- 事業場から得意先・現場への移動(会社に寄ってから出かける) → 業務そのものなので労働時間。
- 直行直帰(自宅から直接現場へ) → 通勤に準じて、原則として労働時間ではありません。
- ただし、移動中に資材の運搬や物品の監視などを命じられている場合は、その移動は指示された業務なので労働時間になります。出張の移動時間も、同じ考え方で「単なる移動」なら原則として労働時間ではありません。
- 迷ったときの一問:「その移動中、本を読んで過ごしても構いませんか?」――構わないなら、指揮命令下とは言いにくい時間です。
ついでに:健康診断の受診時間はどうなる?
あわせて聞かれやすいので、ここで触れておきます。
- 一般健康診断の受診時間は、当然に労働時間となるものではなく、賃金の取扱いは労使で協議して決めるものとされています。ただし行政通達は、その時間の賃金を支払うことが望ましいとしています。
- 一方、有害業務に従事する人に行う特殊健康診断は、業務の遂行に関連して行われるものなので、労働時間として扱います。
影響:あいまいなままだと、静かにズレが積み上がる
責める話ではありません。ただ、判断を保留にしたままだと、次のようなことが起こりやすくなります。
- 義務付けている着替えを日々15分カウントしていなかった → 1年で数十時間の未払いが、気づかないうちに積み上がる
- 昼の電話当番を休憩扱いにしていた → 実際は労働時間なので、休憩そのものが足りていない状態にもなる
- 休日の義務研修を労働時間に入れていなかった → 割増賃金の計算がずれ、36協定の残業時間の集計からも漏れる
- 「移動はぜんぶ労働時間」と広く取りすぎていた → 本来は不要な時間まで計上し、上限規制の管理が必要以上に苦しくなる
見落としも取りすぎも、どちらも困りごとになります。だからこそ、「指示・拘束・解放」の3つで一度整理しておく価値があります。一度決めておけば、来月からは迷わずに済みます。
明日やること(まずはここだけ)
全部を一度に片づける必要はありません。明日はこの3つだけ。
- 自社に着替え・朝礼・清掃・準備を義務付けている場面がないかを書き出し、あれば「事業場内で義務付けているか」を確認する
- 昼の電話当番・待機をお願いしている人がいないかを洗い出す(いれば、休憩をずらす・交替制にするを検討)
- 直近半年の研修・勉強会が「義務」か「自由参加」かを仕分けし、義務のものが勤怠に入っているかを確認する
書き出すだけで、判断が要る場所が驚くほどはっきりします。
チェックリスト(コピーして使えます)
労働時間の入れ忘れ・入れすぎを防ぐための確認項目です。
- 労働時間かどうかを、就業規則の定めではなく実態(指揮命令下か)で判断しているか
- 着用が義務付けられた服装への着替えを、事業場内で行わせている場合、その時間を労働時間にしているか
- 朝礼・清掃・準備・片づけのうち、義務付けているものを労働時間にしているか
- 昼の電話当番・店番・荷待ちなどの手待ち時間を、休憩扱いにしていないか
- 「暇そうだったから休憩」と、忙しさで判断していないか(基準は労働からの解放)
- 参加が義務の研修・教育訓練を、労働時間に入れているか
- 休日に行う義務研修を、労働日・休日労働として扱えているか
- 自由参加の勉強会が、実際には「出ないと気まずい」運用になっていないか
- 事業場から現場への移動を労働時間に入れているか(直行直帰の通勤部分と分けているか)
- 移動中に運搬・監視などを指示している場合、その時間を労働時間にしているか
- 特殊健康診断の受診時間を労働時間にしているか
— 繁忙月でも回る「最低ライン版(優先順)」 — 1) 義務付けている着替え・準備の時間があるかだけ先に確認 2) 昼当番など「休憩中の対応」を止める/ずらす 3) 義務研修が勤怠に入っているかを確認 4) 移動時間の扱いを、通勤と業務移動で線引き 5) 残りは翌月に持ち越し可
— できない時の代替 —
- 全場面の棚卸しが間に合わない:人数の多い部署・現場職から優先
- 判断がどうしても割れる:現状の扱いと理由をメモに残し、社労士や労働基準監督署に確認してから統一
- すぐに運用を変えられない:まず「どの時間が該当しそうか」の一覧だけ作っておく
よければ、こちらも
どの時間が労働時間かが整理できると、次は「その時間をどう記録するか」「割増はどう計算するか」が見えてきます。勤怠の残し方は労働時間の把握義務|客観的な勤怠記録のつけ方で、手待ち時間と表裏の関係にある休憩は休憩時間のルールと一斉付与の原則で整理しています。集計した先の残業代の割増率(時間外・休日・深夜)の計算方法や時間外労働の上限規制、管理監督者の残業代と「名ばかり管理職」の判断まで通して読むと、労働時間まわりの全体像がつながります(記事一覧)。印刷して使える無料チェックリストも、棚卸しの日にどうぞ。 人事・労務の実務のヒントは、メールでも受け取れます。よければ登録して、勤怠まわりの段取りづくりに役立ててください。

労働時間の線引きは、一度で全部をきれいに片づけなくて大丈夫です。 今日、「労働時間は決めるものではなく当てはまるもの」「物差しは指示・拘束・解放の3つ」という2つが整理できたなら、それだけでもう前に進んでいます。あいまいなまま締めていたあの10分に、ちゃんと名前をつけようとしている――それは、現場の人の時間を大切に扱おうとしているということです。その姿勢は、きっと巡り巡って、あなた自身の働き方も守ってくれます。
本記事は一般的な実務情報です。労働時間の該当性は、個別の事情(指示の有無・拘束の程度・実態)や法改正、裁判例によって判断が変わります。最終的な判断は、社会保険労務士・所轄の労働基準監督署など最新の公式情報でご確認ください。
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