机の上に何冊もの規程のファイルを積み上げ、どれから手をつけるか迷いながら一冊を手に取ろうとしている中小企業のひとり労務担当者

社内規程は何から作る?ひとり労務のための整備の優先順位|実務ガイド

「就業規則はなんとか作ったけれど、次は賃金規程?育児介護休業規程?それとも慶弔見舞金の規程?」。 一度、社内のルールを整え始めると、そろえるべき規程が次から次へと出てきて、手が止まってしまうことがありますよね。ネットで調べれば「あれも必要」「これも整備を」という情報ばかりで、気づけば作るべきリストだけが長くなっていく。ひとり労務の立場では、日々の給与計算や手続きを回しながら規程まで整えるのは、正直かなりの負担です。

まずお伝えしたいのは、社内規程は一度に全部そろえなくて大丈夫、ということです。規程には「作らないと法律違反・従業員の不利益になるもの」から「あると助かるけれど後回しでよいもの」まで、はっきりした温度差があります。その温度差の順に手をつけていけば、限られた時間でも「大事なところから抜けなく整える」ことができます。 この記事では、社内規程をどんな順番でそろえればいいかを、ひとり労務の目線で3段階に整理していきます。

結論:社内規程は、①法律上の義務・従業員の不利益回避にかかわるもの → ②トラブルが起きやすいもの → ③あると助かるもの、の順で整えると迷いにくくなります。具体的には、(第1優先)就業規則本体(労働時間・賃金・退職などの絶対的記載事項)と育児・介護休業まわりの定め、(第2優先)賃金・退職金の扱いハラスメント防止の方針・相談窓口、(第3優先)休職・慶弔見舞金・出張旅費・テレワークなどの社内ルール、という並びです。判断の軸はシンプルで、「作らないと違法または従業員が損をするか」「もめたときに基準がないと困るか」の2つ。この順に並べ替えれば、全部を一度に作らなくても、大事なところから抜けなく整えられます。迷ったら、まず就業規則本体が絶対的記載事項をそろえているかの確認から始めれば大丈夫です。

進め方は、次の順番だと迷いにくくなります。

  1. まず就業規則本体が、必ず書く項目(絶対的記載事項)をそろえているかを確認する(土台)
  2. 育児・介護休業など、法律上の権利にかかわる定めが入っているかを見る
  3. 賃金・退職金の扱いと、ハラスメント防止の方針・相談窓口を整える
  4. 休職・慶弔・出張旅費など、あると助かる社内ルールを、必要になった順に足していく

何が起きているか:規程は「雪だるま式」に増えていく

規程の整備で手が止まるのは、あなたの段取りが悪いからではありません。規程は放っておくと雪だるま式に増えていく性質があるからです。

会社が小さいうちは、社長やあなたの頭の中にあるルールで十分回っていました。ところが人が増え、育休を取る人が出て、退職や休職の相談が来て…と場面が増えるたびに、「これも明文化しておかないと」という規程が積み上がっていきます。ネット記事や書籍が「必要な規程一覧」を網羅的に並べているのも、手が止まる一因です。一覧はどれも「あった方がよい」もので間違いではないのですが、優先順位が示されていないため、全部が同じ重さに見えてしまうのです。

大切なのは、リストを短くすることではなく、順番をつけることです。順番さえ決まれば、「今日はここまで」と区切って進められます。次の章から、その並べ替えの基準と、具体的な優先順位を見ていきます。

優先順位を決める2つの軸

社内規程を「義務・不利益回避の高さ」と「トラブルの起きやすさ」の2つの軸で並べ替え、優先順位をつける考え方を示した概念図
「作らないと違法・不利益か」と「もめやすいか」の2軸で、規程を並べ替えるのがコツ

優先順位は、次の2つの軸で考えると決めやすくなります。むずかしい理屈ではありません。

軸1:作らないと「違法」または「従業員の不利益」になるか

いちばん優先度が高いのは、整備しないこと自体が法律違反になる、または従業員が本来受けられるはずの権利を受けられなくなる規程です。ここは「やった方がよい」ではなく「やらないといけない」領域なので、最優先で押さえます。

軸2:もめたときに「基準がないと困る」か

次に優先度が高いのは、トラブルが起きやすく、そのとき基準がないと判断できない場面のルールです。退職・休職・懲戒・賃金の減額など、感情や利害がぶつかりやすいところは、事前にルールがあるだけで対応が安定します。

この2軸で見ると、同じ「規程」でも重さがまったく違うことが分かります。次の章で、具体的な3段階の優先順位に落とし込みます。

第1優先:作らないと「違法・不利益」になるもの

まず手をつけたいのは、整備しないこと自体がリスクになる規程です。

(1)就業規則本体(絶対的記載事項がそろっているか)

すべての土台は就業規則です。常時10人以上の事業場では作成・届出が義務ですが、10人未満でも、以降の規程はすべて就業規則を起点に広がっていきます。まずは就業規則が、必ず書くべき絶対的記載事項(始業・終業時刻、休憩、休日、休暇、賃金の決定・計算・支払、退職に関する事項など)をそろえているかを確認しましょう。ここが欠けていると、ほかの規程を足しても土台がぐらつきます。作成義務や届出の流れは「就業規則の作成義務(常時10人以上)と届出の流れ」で詳しく整理しています。

(2)育児・介護休業にかかわる定め

育児休業・介護休業は、就業規則の絶対的記載事項である「休暇」に含まれ、かつ法律で保障された従業員の権利です。規定が整っていないと、従業員が本来取れるはずの休業を取れず、不利益が生じかねません。多くの会社では、内容が細かくボリュームも大きいため、就業規則本体に書き込むのではなく育児・介護休業規程として別に切り出すのが一般的です。

なお、育児・介護休業の分野は法改正が続いている領域です。制度の内容や事業主に求められる対応は年によって変わっていくので、規程を整えるときは、そのときの最新の内容を厚生労働省の公式情報で確認しながら進めてください。休業中の社会保険料の扱いは「産前産後・育児休業中の社会保険料免除の手続き」で別に整理しています。

(3)ハラスメント防止の方針と相談窓口

ハラスメント防止のための方針の明確化・周知や、相談窓口の設置は、事業主に求められている措置です。これは独立した分厚い規程というより、就業規則にハラスメントを許さない方針と懲戒事由を書き込み、相談窓口を決めて周知するという形で整えるのが現実的です。具体的な進め方は「パワハラ防止措置でやること」にまとめています。

ここまでが「作らないと違法・不利益」の第1優先です。順番に迷ったら、まずこの3つがそろっているかだけ確認すれば、大きな抜けはほぼ防げます。

第2優先:もめやすく「基準がないと困る」もの

社内規程を第1優先(義務・不利益回避)・第2優先(トラブル予防)・第3優先(あると助かる)の3段階の階段として示した概念図
下の段から順に。土台の就業規則を固め、もめやすい規程、あると助かる規程へと積み上げる

第1優先が固まったら、次は「もめたときに基準がないと困る」規程です。

(4)賃金規程(賃金・手当の扱いを別に切り出す)

賃金は就業規則の絶対的記載事項なので、就業規則本体に書いてあれば法律上は満たせます。ただ、賃金や手当は改定の頻度が高く、金額の記載も多いため、本体に書き込むと変更のたびに就業規則全体を直すことになります。そこで、賃金にかかわる部分を賃金規程として別に分けておくと、改定のときにその規程だけを見直せばよくなり、実務が軽くなります。分けた場合でも、賃金規程は就業規則の一部なので、変更時は同じ手続き(意見聴取・届出・周知)が必要です。

なお、退職金は「制度があるなら書く」相対的記載事項です。退職金制度がある会社は、賃金規程とあわせて退職金規程を整えておくと、支給条件や計算方法をめぐる行き違いを防げます。制度がなければ、無理に作る必要はありません。

(5)休職・復職の手順

休職は法律上の義務ではありませんが、メンタル不調などで実際に必要になったとき、基準がないと判断に迷い、対応が人によってぶれやすい場面です。休職できる期間、休職中の扱い、復職の判断の流れなどを決めておくと、いざというときに落ち着いて対応できます。復職支援の考え方は「メンタル不調・休職者対応と復職支援の基本」で整理しています。

(6)懲戒の種類と手続き

懲戒処分は、就業規則に種類と事由が定められていることが前提になります。根拠となる規定がないまま処分をすると、後から効力が問題になりかねません。第1優先のハラスメント方針とあわせて、就業規則の懲戒の条項が実態に合っているかを確認しておきましょう。

この第2優先は、「起きてから慌てて作る」ことになりがちな領域です。トラブルが起きる前の、落ち着いているときにこそ整えておきたいところです。

第3優先:あると助かる社内ルール

第1・第2優先が整えば、労務の土台はほぼ固まっています。第3優先は、あると助かるけれど、必要になった順に足していけばよい規程です。ここは会社の実態に合わせて、使う場面が出てきたものから作れば十分です。

これらは「今すぐ全部」ではなく、その制度を実際に使い始めるタイミングで整えれば大丈夫です。使う場面がない規程を先回りで作り込むより、目の前で必要になったものから一つずつ足していく方が、ひとり労務の負担に合っています。

具体例:従業員12人の会社の整備順

ここまでを、一つの会社の流れで通してみます。従業員12人(正社員7人・パート5人)の1事業場で、就業規則はあるものの、ほかの規程はこれから、というケースです。

前提

手順1:就業規則本体を点検(第1優先) まず就業規則が絶対的記載事項をそろえているかを確認。労働時間・賃金・退職の記載は問題ないが、育児・介護休業の定めが古い内容のままだった。

手順2:育児・介護休業規程を整える(第1優先) 育休の相談が出ているので、最優先で対応。最新の内容を厚生労働省の情報で確認し、育児・介護休業規程を別規程として整備・届出・周知する。

手順3:ハラスメント方針を確認(第1優先) 就業規則にハラスメント禁止の方針と懲戒事由が入っているかを点検し、相談窓口(担当者)を決めて全員に周知する。

手順4:賃金規程を切り出す(第2優先) 賃金の記載を就業規則本体から賃金規程に分離。退職金制度はないので退職金規程は作らない。休職の規定も、この機会に手順を整えておく。

手順5:第3優先は必要になったら 慶弔見舞金や出張旅費は、実際にその場面が出てきたときに追加する、と決めて一旦保留。

結果 「全部を一度に」ではなく、育休相談という目の前の必要を起点に、義務・不利益回避のものから順に整備できた。リストの長さに圧倒されず、優先順位に沿って一つずつ進められた。

影響:順番を間違えると「二度手間」になりやすい

社内規程は、優先順位をつけずに手をつけると、後から二度手間になりがちです。

逆にいえば、「義務・不利益回避 → トラブル予防 → あると助かる」の順を意識するだけで、限られた時間を優先度の高いところから使えます。ここはスピードよりも、順番を守って一つずつ確実に整えることを優先したいところです。

明日やること(まずはここだけ)

すべての規程をいきなりそろえようとしなくて大丈夫です。今日できる小さな一歩から始めましょう。

  1. 今ある規程を書き出す:就業規則・賃金規程・育児介護休業規程など、すでにある規程を一覧にしてみる。
  2. 就業規則本体の点検:絶対的記載事項(労働時間・賃金・休日・休暇・退職)がそろっているかだけ、ざっと確認する。
  3. 第1優先の抜けを探す:育児・介護休業の定めと、ハラスメント方針・相談窓口が整っているかを確認する。

この3つをやっておくだけで、「何から作ればいいか分からない」状態から、「まず第1優先の抜けを埋めればいい」という見通しに変わります。

チェックリスト(コピーして使えます)

社内規程の整備の抜けを防ぐための確認項目です。項目は多く見えますが、全部を一度に完璧にする前提ではありません。まず第1優先(最低ライン)を押さえれば、大事なところは守れます。

まずここだけは(第1優先・義務/不利益回避)

次に(第2優先・トラブル予防)

できれば(第3優先・あると助かる)

よければ、こちらも

社内規程の土台となる「就業規則の作成義務(常時10人以上)と届出の流れ」、規程を変えたときの手続きをまとめた「就業規則を変更したときの届出と周知の手順」、第1優先にあたる「パワハラ防止措置でやること」、そして1年の提出物を見渡す「ひとり労務の年間スケジュール」も、別の記事で一つずつ整理しています。あわせて読むと、就業規則を中心に社内のルールがつながって見えてきます(記事一覧)。 人事・労務の実務のヒントは、メールでも受け取れます。よければ登録して、規程づくりや毎年の段取りに役立ててください。

整理された数冊の規程ファイルが背表紙をそろえて棚に並び、その前で肩の力が抜けて穏やかにほほえむ労務担当者

社内規程は、一度で全部そろえようとしなくて大丈夫です。 今日、「義務・不利益回避 → トラブル予防 → あると助かる、の順で整える」という軸と、「まず第1優先の抜けを確認する」という一歩が見えたなら、もう十分に前へ進んでいます。長い一覧に圧倒されていたのが、「順番に一つずつ」に変わるだけで、気持ちはずいぶん軽くなります。焦らず、目の前で必要になったものから、落ち着いて積み上げていきましょう。


本記事は一般的な実務情報です。社内規程の要否や記載内容、届出・周知の取扱いは、個別の事情や法改正によって変わります。とくに育児・介護休業やハラスメント関係は制度の見直しが続く分野です。最新の要件は、厚生労働省・所轄の労働基準監督署の公式情報でご確認のうえ、最終的な判断は社会保険労務士・所轄の労働基準監督署など最新の公式情報でご確認ください。

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