
社内規程の改定履歴と版管理のしかた|「いつのルール?」に迷わない
「去年の4月に辞めた人の退職金って、そのときの規程だとどういう計算だったっけ?」 社長にそう聞かれて、共有フォルダを開く。「退職金規程.docx」「退職金規程_最新.docx」「退職金規程_最新_修正版.docx」——どれが、いつから使われていたものなのか、ファイル名からは分からない。前任者のメモも見当たらない。そんな場面、ひとり労務の現場ではめずらしくありません。
まずお伝えしたいのは、これは担当者の整理不足というより、規程を「直す」仕組みはあっても「履歴を残す」仕組みがなかっただけ、ということです。そして、その仕組みは思っているよりずっと小さくて大丈夫です。 この記事では、社内規程の改定履歴と版管理を、ひとりでも続けられる形で一緒に組み立てていきます。
結論:社内規程の版管理は、①最新版は1つだけ(正本)、②改定履歴表を1枚、③旧版は消さずに施行期間つきで保管——この3点セットで回ります。改定のたびに、規程の附則に施行日を書き、改定履歴表に「改定日・施行日・改定した条文・理由・意見聴取・届出・周知」を1行足し、それまでの版を旧版フォルダへ移す。これだけで「いつ、どのルールが適用されていたか」をあとから確かめられるようになります。就業規則(賃金規程などの付属規程を含む)は、変更のたびに意見聴取・届出・周知が必要なので(労働基準法第89条・第90条・第106条)、その記録も同じ1行に残しておくと、手続きの抜けにも気づきやすくなります。
進めるときは、この順番だと迷いにくくなります。
- 今ある規程を全部書き出し、それぞれの最新版がどれかを確定する
- ファイル名と保存場所のルールを決める(最新版・旧版の置き場所を分ける)
- 改定履歴表を作り、分かる範囲で過去の改定を書き込む
- 次の改定から、附則の施行日・履歴表の1行・旧版の移動をセットで行う
何が起きているか:規程は「上書き」されると、過去が消える
規程は、作って終わりではなく、法改正や社内の事情に合わせて何度も直されていきます。ところが、Wordのファイルを上書き保存していくと、いまのルールは分かっても、過去のルールが分からなくなるのです。
それで困るのは、たとえばこんな場面です。
- 退職した人や休職から戻った人について、「そのとき」の規程で扱いを確認したいとき
- 手当や休暇の扱いをめぐって、「前はこうだったはず」と言われたとき
- 労働基準監督署の調査や、社会保険労務士への相談で、改定の経緯を説明するとき
- 自分が異動・退職するときの引き継ぎで、後任に経緯を伝えるとき
労働条件の争いでは、「いつ、どの規程が、どうやって周知されていたか」が確認されることがあります。就業規則の変更で労働条件を変えるときは、変更の合理性に加えて、変更後の規則を周知していることが求められるからです(労働契約法第10条)。 とはいえ、これは「履歴がないと大変なことになる」という話ではありません。あとから確かめられる状態にしておくと、自分も会社も落ち着いて説明できる、という話です。履歴は、未来の自分を助けるメモだと考えてみてください。
版管理の3点セット:最新版・改定履歴・旧版

ひとつずつ見ていきます。
①最新版:正本は「1つだけ」にする
いちばん大事なのは、「いま有効な版はこれ」と言えるファイルが1つだけあることです。
- 最新版フォルダには、各規程につき1ファイルだけを置く
- ファイル名に「最新」「修正版」「確定」は使わず、施行日を入れる
- 例:
賃金規程_2026-04-01施行.pdf - 社内に周知している版(掲示・共有フォルダ・社内ポータル)は、この正本と同じものにそろえる
- 編集用のWordファイルは別の作業フォルダに置き、周知用はPDFにしておくと、うっかり上書きを防げます
「最新」という言葉は、次の改定の瞬間に意味がなくなります。施行日は変わらないので、ファイル名にはそちらを使うのがおすすめです。
②改定履歴表:改定のたびに「1行」足す
改定履歴表は、規程ごとに1枚、または全規程まとめて1枚の表で十分です。Excelでも、規程の巻末の表でもかまいません。
| 版 | 改定日 | 施行日 | 改定した条文 | 改定の理由 | 意見聴取日 | 届出日 | 周知の方法 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 第1版 | 2022-03-15 | 2022-04-01 | 制定 | 新規作成 | 2022-03-18 | 2022-03-25 | 共有フォルダ・休憩室に備付け |
| 第2版 | 2024-09-10 | 2024-10-01 | 第12条(通勤手当) | 上限額の見直し | 2024-09-12 | 2024-09-20 | 共有フォルダ・朝礼で説明 |
| 第3版 | 2026-03-05 | 2026-04-01 | 第8条・第15条 | 手当の新設・計算方法の明確化 | 2026-03-09 | 2026-03-16 | 共有フォルダ・メールで通知 |
ポイントは、「何を変えたか」と「手続きをいつ済ませたか」を同じ行に書くことです。こうしておくと、「届出は出したけど周知の記録がない」といった抜けが、表を見ただけで分かります。 常時10人未満で就業規則の届出義務がない会社や、届出の対象でない社内ルール(たとえば経費精算の手順など)は、届出日の欄に「対象外」と書いておけば大丈夫です。
あわせて、規程本文の附則にも施行日を書いておきます。
附則
1. この規程は、2022年4月1日から施行する。
2. この規程は、2024年10月1日に一部改定し、同日から施行する。
3. この規程は、2026年4月1日に一部改定し、同日から施行する。
附則は追記していく形にすると、規程そのものを見ただけでも改定の回数と時期が分かります。
③旧版:消さずに「施行期間」をつけて保管する
改定したら、それまでの版は削除せず、旧版フォルダへ移します。
- ファイル名に施行期間を入れる
- 例:
賃金規程_2024-10-01〜2026-03-31.pdf - 意見書、届出の控え(窓口で出したなら受付印のある控え、電子申請なら受付の記録)、周知のときに使った案内文も、同じ版のフォルダにまとめておく
- 紙の正本がある会社は、旧版の紙も箱にまとめ、表に規程名と期間を書いておく
いつまで保管するかは会社で決めてよいところですが、退職した人や過去の取扱いを確認する場面を考えると、旧版はむやみに捨てないくらいの気持ちでいると安心です。書類の保存期間の考え方は「労務書類の保存期間」でも整理しています。
具体例:「規程_最新2」だらけのフォルダを整える
従業員15人の会社で、共有フォルダに次のようなファイルが並んでいるとします。
賃金規程.docx(更新日 2022年3月)賃金規程_最新.docx(更新日 2024年9月)賃金規程_最新_修正.docx(更新日 2026年3月)賃金規程(社長確認用).docx(更新日 2026年2月)
ここから版を確定していく手順は、次のとおりです。
- 労働基準監督署への届出の控えを探す。控えに添付された規程が、その時点の正式な版です。
- 控えが見つからない版は、社内で周知していたもの(掲示物・配布したPDF・メール)を探す。
- 「社長確認用」のような途中の下書きは、正式な版ではないので作業フォルダへ移す。
- 確定できた版を、施行日つきのファイル名にして最新版フォルダ・旧版フォルダへ振り分ける。
- 改定履歴表に、分かった範囲で行を書き込む。分からない欄は空けたまま「確認中」と書いておく。
過去の分を完全に復元できなくても大丈夫です。「ここから先は、ちゃんと残っている」という線を今日引くことに意味があります。確認できなかったことも、そのまま履歴表に書き残しておけば、後任が同じ調べ物をしなくて済みます。
影響:版管理ができると、ほかの仕事も少しラクになる
改定履歴と版管理が回り始めると、規程以外の仕事にもいい影響があります。
- 法改正への対応が早くなる:改定履歴表を見れば「この条文は前回いつ直したか」が分かるので、見直しの対象を探しやすくなります。
- 従業員への説明がしやすくなる:「この手当は2024年10月から上限額が変わりました」と、根拠をもって伝えられます。
- 引き継ぎが短くなる:フォルダと履歴表を渡せば、経緯の説明の大部分が済みます。引き継ぎ全体の段取りは「労務の引き継ぎチェックリスト」も参考にしてください。
- 意見聴取・届出・周知の抜けに気づける:履歴表の空欄が、そのまま「まだやっていないこと」のリストになります。
明日やること(まずはここだけ)
一度に全部整えなくて大丈夫です。明日はこの3つだけ。
- 共有フォルダに「最新版」「旧版」「作業中」の3つのフォルダを作る
- いちばん改定の多い規程(多くは就業規則本体か賃金規程)を1つ選び、最新版を確定して施行日つきのファイル名にする
- 改定履歴表のひな形(上の表の8列)を作り、その規程の分だけ1行目を書く
チェックリスト(コピーして使えます)
社内規程の版管理を始めるときの確認項目です。
- 規程ごとに、いま有効な最新版(正本)が1つだけになっているか
- ファイル名に「最新」「修正版」ではなく、施行日を入れたか
- 社内に周知している版と、正本が同じものになっているか
- 編集用ファイルと周知用ファイル(PDFなど)を分けているか
- 改定履歴表に、改定日・施行日・改定した条文・理由を書いたか
- 改定履歴表に、意見聴取日・届出日・周知の方法も書いたか(対象外の規程は「対象外」と書く)
- 規程の附則に、施行日と改定の経過を追記したか
- 旧版を削除せず、施行期間つきのファイル名で旧版フォルダへ移したか
- 意見書・届出の控え・周知の案内文を、同じ版のフォルダにまとめたか
- 確認できなかった過去の経緯を「確認中」として履歴表に残したか
— 時間がないときの「最低ライン版(優先順)」 — 1) 最新版を1つに決めて、施行日つきのファイル名にする 2) 旧版は消さずに旧版フォルダへ移す 3) 次の改定から、改定履歴表に1行ずつ書き足す
— 迷ったときの代替 —
- どれが正式な版か判断がつかない:届出の控えを持って、顧問の社会保険労務士に一度見てもらう
- 規程の数が多くて手が回らない:まずは就業規則本体と賃金規程の2つだけで始め、ほかは改定のタイミングで順に加える
よければ、こちらも
規程を直したときの届出と周知の流れは「就業規則を変更したときの届出と周知の手順」、条件を下げる変更の考え方は「就業規則の不利益変更」にまとめています。どの規程から整えるか迷ったら「社内規程は何から作る?整備の優先順位」、1年の見直しのタイミングを見渡したいときは「ひとり労務の年間スケジュール」もどうぞ。手続きの確認には無料チェックリストも使ってください(記事一覧)。
人事・労務の実務のヒントは、メールでも受け取れます。よければ登録して、規程まわりの段取りに役立ててください。

改定履歴と版管理は、目立たない仕事です。でも、「去年のルールはこうでした」と落ち着いて答えられることは、会社にとっても、働く人にとっても、そして未来の自分にとっても、大きな安心になります。過去を全部そろえられなくても大丈夫。今日、最新版を1つに決めて、履歴表に1行書く。そこから先は、ちゃんと残っていきます。まずはフォルダを3つ作るところから始めてみましょう。
本記事は一般的な実務情報です。就業規則・社内規程の改定や届出・周知の取扱いは、個別の事情や法改正によって変わります。具体的な要件や様式は、厚生労働省・e-Gov法令検索などの公式情報でご確認のうえ、最終的な判断は社会保険労務士・所轄の労働基準監督署など最新の公式情報でご確認ください。