
定年後の再雇用(継続雇用)の進め方|ひとり労務のやさしい手引き
「そういえば、あの人もうすぐ60歳か」。 勤続の長いベテラン社員の誕生日をカレンダーで見て、ふと手が止まりませんか。定年後も働いてもらう予定だけど、契約はどう結び直すんだったか。給与は下げていいのか、下げたら社会保険はどうなるのか。年金や雇用保険の給付の話も出てきそうで、何から手をつければいいのか、一気に不安が押し寄せてくる。ひとりで労務を回していると、数年に一度あるかないかの手続きだからこそ、毎回ゼロから調べ直している気がしますよね。
まずお伝えしたいのは、定年後の再雇用は「①雇用をどう続けるか(労働条件)」「②社会保険をどう整えるか」「③本人が使える給付を案内するか」の3つに分けると、ぐっと見通しが良くなるということです。やることは点在して見えても、一つずつは難しくありません。 この記事では、継続雇用の基本ルールから、賃金が下がるときの社会保険の手続き、本人が受けられる給付、明日できる準備まで、ひとり労務の目線で順番に整理していきます。
結論:定年後も働いてもらう場合、多くの会社は継続雇用制度(再雇用)で対応します。65歳までの継続雇用は、原則として希望者全員が対象です(労使協定で対象者を限定できた経過措置は2025年3月末で終了しました)。実務では、(1)定年前に新しい労働条件(雇用契約書・労働条件通知書)を提示して結び直す、(2)再雇用で賃金が下がるなら社会保険の「同日得喪(同月得喪)」で標準報酬月額を早めに下げる、(3)本人が対象なら高年齢雇用継続給付・在職老齢年金の見込みを案内する、の3つを押さえます。さらに70歳までの就業確保は努力義務として求められています。迷ったら、まず労働条件の書面を先に固め、社会保険・給付は本人の状況に合わせて順に整えれば大丈夫です。
進めるときは、次の順番だと迷いにくくなります。
- 定年の3〜6か月前に、本人へ継続雇用の意向を確認する
- 新しい労働条件(勤務日数・時間・賃金・職務・契約期間)を決め、書面で提示する
- 定年日の翌日から再雇用として、雇用契約を結び直す
- 賃金が下がる場合、社会保険の同日得喪を届け出る
- 本人が対象なら、高年齢雇用継続給付・在職老齢年金の見込みを案内する
まずはここを確認:65歳までは「希望者全員」が継続雇用の対象

再雇用の話を始める前に、前提になるルールを押さえておきましょう。会社には、65歳までの雇用を確保する義務があります。方法は次の3つのいずれかです。
- 定年を65歳以上に引き上げる
- 65歳までの継続雇用制度(再雇用・勤務延長)を導入する
- 定年の定めを廃止する
多くの中小企業が選んでいるのが、真ん中の継続雇用制度です。定年(多くは60歳)でいったん区切り、本人の希望に応じて65歳まで再雇用する形です。
ここで大事な変更点が一つあります。以前は、労使協定で「継続雇用の対象者を選ぶ基準」を設けられる経過措置がありましたが、この経過措置は2025年(令和7年)3月末で終了しました。つまり今は、65歳までは希望者全員を継続雇用するのが原則です。「この人は基準を満たさないから再雇用しない」といった選別は、原則としてできなくなっています。まずはここを、社内の共通認識にしておきましょう。
なお、心身の故障で業務に堪えないなど、就業規則の解雇事由・退職事由に該当する場合の取扱いは例外的な判断になります。迷う場合は、公式情報や社会保険労務士に確認してください。
何が起きているか:定年後の再雇用は「3つの制度」が同時に動く
定年後の再雇用が重く感じるのは、一つの手続きではなく、性格の違う3つの話が同時に動くからです。混ざって見えるので、まず分けて考えます。
- 労働(雇用契約)…定年でいったん区切り、新しい条件で契約を結び直す。勤務日数・時間・賃金・職務・契約期間を決める。
- 社会保険…再雇用で賃金が下がるなら、標準報酬月額を早めに下げる手続き(同日得喪)ができる。
- 本人が使える給付…賃金の低下を補う「高年齢雇用継続給付」、働きながら受ける「在職老齢年金」。これは会社の義務ではなく、本人への案内。
「会社がやること」と「本人が受け取るもの」が混ざると混乱します。会社の手続きは①②、③は本人のための案内——この整理を持っておくと、ぐっと軽くなります。
手続きの全体像:定年日を軸に並べる
やることが点在して見えても、定年日を軸に「前・切替時・その後」で並べると整理できます。まずはこの地図を持っておきましょう。
| 時期 | やること | 相手・提出先 | 目安 |
|---|---|---|---|
| 定年の3〜6か月前 | 本人へ継続雇用の意向確認、新条件の検討 | 本人・社内 | 定年前まで |
| 定年の前 | 新しい雇用契約書・労働条件通知書を提示・締結 | 本人 | 定年日まで |
| 定年日の翌日 | 再雇用として就労開始(雇用は継続) | 社内 | 定年日の翌日 |
| 賃金が下がる場合 | 社会保険の資格喪失届+資格取得届(同日得喪) | 年金事務所/健保組合 | すみやかに |
| 再雇用後 | 高年齢雇用継続給付の申請(本人が対象なら) | ハローワーク | 各支給対象月ごと |
| 再雇用後 | 在職老齢年金の見込みを本人へ案内 | 本人 | 随時 |
雇用保険は、定年後も同じ会社で働き続ける場合、基本的に加入は継続します(資格喪失・取得の届出は不要)。動くのは主に社会保険(同日得喪)と、本人が使う給付の案内です。ここを取り違えないようにしましょう。
社会保険の「同日得喪」:賃金が下がったら早めに保険料を下げられる

定年後の再雇用では、勤務日数を減らしたり役割が変わったりして、賃金が下がるケースがよくあります。このとき知っておきたいのが同日得喪(同月得喪)という仕組みです。
社会保険料のもとになる「標準報酬月額」は、通常、賃金が変わってから随時改定(月額変更届)で見直します。ただし随時改定は、変動月から3か月の平均を見るため、保険料に反映されるのは数か月先。その間、本人は下がった給与から高いままの保険料を引かれ続けてしまいます。
そこで、60歳以上の人が退職日の翌日に1日も空けず同じ会社で再雇用され、賃金が下がる場合は、いったん資格喪失届を出し、同じ日付で資格取得届を出す「同日得喪」ができます。これにより、再雇用後の下がった賃金で標準報酬月額を決め直し、翌月分の保険料からすぐ反映できます。
- 対象:60歳以降に、退職後1日も空けずに同じ事業所で再雇用され、賃金が下がる人(以前は「定年退職者」に限られていましたが、現在は定年以外の理由でも対象になり得ます。詳細は公式情報で確認)。
- 手続き:資格喪失届と資格取得届を同時に提出(同じ資格取得日・喪失日)。就業規則や再雇用契約書など、継続再雇用の事実がわかる書類の添付を求められることがあります。
- 効果:本人の手取りが早く実態に合う。会社の保険料負担も同様に調整されます。
「賃金が下がるのに保険料が数か月そのまま」を避けられる、本人にやさしい手続きです。賃金を下げる再雇用のときは、忘れずに検討しましょう。
高年齢雇用継続給付:賃金の低下を補う(2025年から縮小)
再雇用で賃金が下がった本人を支えるのが、雇用保険の高年齢雇用継続給付(高年齢雇用継続基本給付金)です。会社の義務ではありませんが、対象になりそうなら案内してあげると喜ばれます。
- 対象の目安:雇用保険の被保険者期間が通算5年以上ある60歳以上65歳未満の人で、60歳到達時などの賃金に比べ、各月の賃金が75%未満に下がったとき。
- 支給額:下がり方に応じて、各月の賃金に一定率を掛けた額。下がるほど支給率が上がる仕組みです。
- 申請:原則として会社を通じてハローワークへ、支給対象月ごとに申請します。
ここで最新の注意点です。高年齢雇用継続給付は段階的に縮小する方針で、2025年(令和7年)4月1日以降に新たに60歳になる人から、支給率の上限が引き下げられました(従来の最大15%から最大10%へ)。つまり、いつ60歳になるかで受けられる率が変わります。「昔調べた率のまま」で案内しないよう、対象者ごとに最新の率をハローワークの公式情報で確認しましょう。
在職老齢年金:働きながら年金を受けるとき
もう一つ、本人から聞かれやすいのが在職老齢年金です。老齢厚生年金を受けられる年齢の人が働き続ける場合、賃金(賞与込みの総報酬月額相当額)と年金月額の合計が一定の基準額を超えると、年金の一部または全部が支給停止になる仕組みです。
- 会社がやること:正確な計算は年金事務所が行います。会社は、賃金額によって年金が調整されうることを本人に伝え、賃金設計の参考にする程度でOKです。
- 注意:支給停止の基準額は年度ごとに改定され、制度自体の見直しも進んでいます。具体的な金額や最新の取扱いは、日本年金機構の公式情報や年金事務所で確認してください。ここで古い基準額を断定しないことが大切です。
「賃金を上げたら、かえって年金が止まって手取りが増えにくい」という逆転が起きることもあります。賃金を決めるときに、この視点を頭の片隅に置いておくと、本人へのていねいな説明につながります。
70歳までの就業確保:いまは「努力義務」
65歳までの雇用確保が義務なのに対し、70歳までの就業確保は「努力義務」として求められています(2021年4月から)。手段は次のように幅があります。
- 70歳までの定年引上げ/定年廃止
- 70歳までの継続雇用制度
- (雇用によらない選択肢)業務委託契約を結ぶ制度、社会貢献事業に従事できる制度 など
いまは努力義務なので、すぐにすべてを整える必要はありません。ただ、シニア人材に長く活躍してもらいたい会社では、65歳以降の働き方の受け皿を少しずつ考えておくと、いざというときに慌てずに済みます。まずは「うちはどうするか」を経営層と話す、そのきっかけを作るだけでも十分です。
迷いやすいポイント:ここだけ先に知っておく
実務でつまずきやすいのは、次のようなケースです。先に知っておくと、その場で慌てずに済みます。
- 契約は結び直す?…継続雇用制度なら、定年でいったん区切り、新しい労働条件で雇用契約を結び直すのが一般的です。賃金・勤務時間・職務・契約期間(多くは1年更新など)を明示した書面を用意します。
- 賃金は下げていい?…職務や勤務時間が変われば、それに見合った引下げ自体は可能です。ただし、仕事の中身がほぼ変わらないのに大きく下げるのは、不合理な待遇差として問題になり得ます。「なぜこの条件か」を説明できる形にしておきましょう。
- 有給休暇はリセットされる?…継続雇用は雇用が続いている扱いなので、勤続年数は通算され、年次有給休暇もリセットされないのが原則です。付与日数の管理を切らさないように。
- 雇用保険は入り直す?…同じ会社で雇用がつながっていれば、雇用保険は継続(届出不要)。動くのは社会保険(同日得喪)です。
- 社会保険は外れる?…週の所定労働時間などが加入要件を下回るまで減らすと、社会保険から外れることもあります。要件は最新の基準で確認を。
どれも、原則を押さえ、迷う部分は確認する——その姿勢で十分、ていねいな対応になります。
影響:段取り一つで、本人の安心も手取りも変わる
定年後の再雇用は、進め方しだいで本人の受け取り方が大きく変わります。
- 条件提示が直前になる → 本人が生活設計を立てられず、不信につながる。定年の数か月前に話し始めるだけで、印象がまるで変わる。
- 賃金を下げたのに同日得喪をしない → 本人が下がった給与から高い保険料を数か月引かれ、手取りが不必要に目減りする。
- 給付の案内を忘れる → 本人が受けられたはずの高年齢雇用継続給付を取りこぼす。
- 継続雇用の「希望者全員」ルールを知らない → 対象者を選別してしまい、法令違反やトラブルの火種になる。
一つずつは小さな確認ですが、積み重ねが本人の安心と信頼につながります。長く貢献してくれた人を、気持ちよく次のステージへ送り出す準備だと考えると、少し前向きに進められます。
明日やること(まずはここだけ)
いきなり全部を整えなくて大丈夫です。今日できる小さな準備から始めましょう。
- 60歳・65歳が近い社員をリストにする:氏名・生年月日・定年到達日を一覧にし、「あと何か月か」を見えるようにする。
- 再雇用の条件のたたき台を作る:勤務日数・時間・賃金・職務・契約期間(1年更新など)の型を一つ決めておく。人ごとにゼロから考えなくて済む。
- 本人への案内メモを用意する:「継続雇用の意向確認」「新しい条件」「社会保険の変更」「使える給付(対象なら)」を1枚にまとめ、面談で渡せるようにする。
この3つを先に作っておくだけで、次に定年を迎える人が出たときの対応が、ぐっと軽くなります。
チェックリスト(現場で回る最低ラインつき)
「まずはこれだけ」で進められる最低ラインと、できればやる追加確認を並べました。状況に合わせて使い分けてください。
- 必須(最低ライン・優先順)
- 60歳・65歳が近い社員を把握し、定年到達日を確認
- 定年の数か月前に、本人へ継続雇用の意向を確認
- 新しい労働条件(日数・時間・賃金・職務・契約期間)を書面で提示・締結
- 65歳までは希望者全員が対象(選別しない)を社内で共有
- 賃金が下がる場合、社会保険の同日得喪を検討・届出
- できれば(本人へのていねいな案内)
- 高年齢雇用継続給付の対象か確認し、対象なら申請を案内(最新の支給率をハローワークで確認)
- 在職老齢年金で調整がありうる場合、賃金設計の参考として本人へ一言(最新の基準額は公式で確認)
- 年次有給休暇の勤続通算(リセットしない)を管理に反映
- 中長期で(あわてず)
- 70歳までの就業確保(努力義務)について、自社の方針を経営層と相談
- 再雇用契約の様式・条件の型をテンプレ化し、次回に備える
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定年後の再雇用は、日々の入退社や社会保険の実務と地続きです。契約を結び直すときに役立つ「労働条件通知書に必ず明示する事項チェックリスト」、賃金が下がったときの前提になる「標準報酬月額の決まり方」、社会保険の入り口を整理した「資格取得届の書き方と提出期限」もあわせて読むと、再雇用まわりの手続きが一本の線でつながって見えてきます。1年の提出物を見渡したいときは「ひとり労務の年間スケジュール」もどうぞ(記事一覧)。 人事・労務の実務のヒントは、メールでも受け取れます。よければ登録して、再雇用の段取りづくりに役立ててください。

定年後の再雇用は、労働・社会保険・給付と、性格の違う話が同時に動くので、身構えてしまうものです。でも、今日「雇用をどう続けるか」「社会保険をどう整えるか」「本人が使える給付を案内するか」の3つに分けて考えられたなら、もう大きな山は越えています。長く会社を支えてくれた人が、これからも安心して働ける。その準備を進めているのは、ほかでもないあなたです。一つずつ、落ち着いて整えていきましょう。
本記事は一般的な実務情報です。定年後の再雇用に関する取扱いは、個別の事情や法改正によって変わります。継続雇用の対象範囲・社会保険の同日得喪・高年齢雇用継続給付の支給率・在職老齢年金の基準額など最新の要件は、厚生労働省・日本年金機構・ハローワーク等の公式情報でご確認のうえ、最終的な判断は、社会保険労務士・所轄の年金事務所/労働基準監督署/ハローワークなど最新の公式情報でご確認ください。